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【４】 ＊ 「師匠の奴、何だって……」 一方。崑崙から帰ってきた天化は、やはり首をひねりながら、本陣に戻ってきた。 「おや。早かったですね」 着くなり、いきなりヨウセンと出くわした。その掛けられた言葉と表情は、天化の気に障った。 「ヨウセン……何だよ、その、意味ありげな笑いは……」 「別に…」 「そう言えば、この間も、そんな風に、笑ってやがったなぁ。何か俺に、言いたい事があんのかよ？」 「まあ、あると言えば……ありますかね」 天化は、その言い様に、少し身構える。ヨウセンの方と言えば、相変わらずの人を食ったような表情で、笑っている。 「太公望殿と、同衾するのは、やめたほうがいい……と」 「…なっ！」 「ご注意申し上げたいだけです」 さらりと言うヨウセンに、天化は数秒間言葉が出ず、口をぱくぱくさせるだけだった。 「て、てめぇ……。そうか！俺の師匠に、告げ口したのは、貴様か？」 「おや、何の事です？知りませんよ、そんな話は。ほう…。師匠の道徳真君殿から、注意された…と？まあ、当然ですね。ですが、私は言ってませんよ。まあ、我が師の玉鼎真人に、近況報告として、申し上げたかもしれませんがね」 「……何を、企んでやがる？」 天化は、漠邪宝剣の柄に手を掛けながら、ヨウセンを睨み付ける。返答次第によっては、相手がヨウセンだろうが、構わない。 「おやおや。人聞きの悪い」 だが彼は、くってかかる天化を相変わらずの調子で軽く受け流す。 「それに、事実なのでしょう？他人に知れたからと言って……まあ、師匠というのは、別でしょうが……どうこうなると言うのなら、初めから後ろめたい事は、しなければいいのですよ」 「だ、誰が…後ろめたい事などっっ」 ヨウセンの言う事は最もで、その点に関しては、何かに付け、自分の自信がぐらつくのを天化は感じていた。何度、自分たちは、他人にどうこう言われる事はしていないと、太公望にも自分にも、言い聞かせてきたか解らない。だが、やはりヨウセンに指摘されたとおりに、自信を持っていない自分がいるのだ。 「なら、構わないでしょう？」 笑いながら、ヨウセンは自分の陣へと、帰っていった。 天化は、その背中を見つめていた。 我に返り、一瞬、ヨウセンを追おうかと一歩踏み出し掛けた天化は、その目の端に太公望の陣を見つけ、立ち止まる。いつもなら、とっくに消えている明かりが、未だに点いていたからだ。 「入るぜ」 その声に、思い悩んでいた太公望は、途端に明るくなり、声の主を笑顔で迎えた。 「あー、天化、お帰り。どうだった？」 「……すまねぇ。すっかり、やられちまった」 「ははは。道徳様も、まだまだ弟子に追い越されたくないんだね。 「……はは。そうかもな」 太公望の様子に、天化も笑顔になる。普段は憎まれ口をたたいても、やはり彼の笑顔を見ると嬉しい自分がいた。 「……そう言えば、俺がいない間、なんかあったか？」 天化は、なるべくさりげない風を装い、聞いてみた。 「……うん。あのね……」 太公望は、先程黄飛虎との件を、天化に話す。いずれにせよ、彼が父親と会う前に、状況を説明出来て、よかったと思った。 「……確かに」 一通り、話を聞き終わった天化は、ちょっと考え込む。今日、師匠に言われた事といい、自分たちの関係は、すっかり知れ渡っている様だった。ヨウセンの態度も、これでよくわかった。 「未だ、修行中の身としては、こういう関係は、あまりほめられたモンじゃないってのは、わかってるけどよう……」 「天化……」 「太公望だって、まんざらじゃないようだし…」 「天化！さっきからごちゃごちゃ言ってる割には、この手は何なんだい？」 話を聞きながらも、天化は太公望を抱き寄せる。 「いいだろ？」 「あのねぇ……」 やっぱり、飛虎殿の言う通りかなぁと思い、さらに文句を言おうとした太公望は、だが、いつもと違って、少ししんみりした調子の天化に、口をつぐんだ。 「何かさ……色々説教…されちまった」 「…天化？」 「俺は、天に恥じるような事は、してねぇつもり…だったんだが」 その先を言いあぐね、天化は口ごもる。 「大丈夫だよ。天化は悪くない。何も、後ろめたい事は、していないでしょ？」 「……」 自分が、これ程迷っているというのに、逆に自分に巻き込まれた形の太公望が、今はきっぱりと言う。天化はしばしの間、太公望の顔を見つめてしまった。 「まっ、僕よりは、悪い事、いっぱい知ってそうだけどね」 「おいこら…」 相変わらず、天化に甘い自分に、太公望は苦笑する。そして、なんだかんだ言いながらも、自分を抱え上げる天化の首に、そっとしがみついた。 「太公望……」 常とは違った、優しい口調で、天化が自分の名を呼ぶ。 その声に、太公望は自分の身体が反応するのを感じた。ズキンと、胸が痛み、体中が熱くなる。 （…や、やだ。どうしよう……） 天化にしがみついた手を解こうとしたが、その様子に気が付いた天化に、逆にしっかりと掴まれてしまった。 結局、太公望は観念した。今日くらいは、彼に素直に抱かれても、いいかと思ったのだ。 天化の方は、彼をベッドの上に降ろし、口づけた。 「あ……ん」 「今日は、やけに素直じゃねぇか。いつも、こうだと嬉しいんだがな」 太公望の方も、いつも拒んでばかりでは天化に悪いと思ったし、先程の黄飛虎の間違いを、きちんと訂正出来なかったので、さらに後ろめたさが募っていたのだ。 「…あ…」 太公望の服に手が掛かり、天化の唇が首筋から胸に落ちる。そして、彼とは対照的な白い肌に、赤い印が刻まれていった。 「おめぇは……」 その肌を、しみじみと見ながら、天化が口を開いた。 「本当は、こんなに…綺麗で…肌が白いのに…」 軍師とは言え、大将の彼は、他の者達と一緒に戦場に出る。だから、初めの頃白かったであろう肌は、随分と日に灼けていた。まあ、太公望本人は、自分のその白すぎる肌が嫌いだったようで、天化の言いように、少しいやそうな顔をする。 「そんな風に言われても、全然嬉しくない」 「まあまあ。いいじゃねぇか、綺麗だって言ってるんだから…」 「だから、綺麗だってほめられても、あんまり嬉しくないってば…」 それさえも、端から見れば、じゃれ合っているようにしか見えない。 そして、まだ何か言いたそうな太公望の唇を、天化は塞ぐ。 続く |