空の上・天の下

【3】


***


 パキリと音のした方に、太乙が顔を上げると、暗闇の中から、燃えるような紅い色が現れた。
 それは誰あろう、紅い髪の持ち主である、燃燈道人だった。
「……燃燈。何で…?」
 太乙は、燃燈の姿を見て、一瞬ほっとしたが、次には今の己の状況を思い出し、困った事になったと思った。
「昼間のお前の言う事が……ちょっと気になってな」
「……そ、そう」
 静かに、燃燈は太乙の方に近づく。
「表で声をかけたのだが、返事が無いので入らせてもらった」
「そ……それは。ごめんなさい」
 きっとその時は、太乙は自分自身を“慰めて”いた時だろうか。そう思うと、太乙は恥ずかしさと情けなさで、消えてしまいたかった。そして、彼の言葉に、上の空で答える。


「大丈夫か?」
「え……え、あの」
 燃燈は、太乙の近くまで歩いてくると、その横に片膝を付く。目の前に燃燈の顔が現れ、太乙は一瞬驚いた。
「第一……なんて格好をしている」
 燃燈が言うのも最もで、太乙は全身ずぶ濡れで、しかも下は下着しか着けていない状態だ。
 服も雲中子に切り裂かれたままなので、襟元が大きく開き、先程の自慰行為も手伝って、肩まで露わになっている。
 燃燈でなくとも、一目見たら、心配してしまう。
「太乙。部屋に帰って着替えた方がいい」
 燃燈はさっと立ち上り、先に金光堂の方に向かって、一歩を踏み出した。
「う……うん」
 太乙は、解ってはいるのだが、返事はしたものの動けない。まだ熱の冷めない身体は、立ち上れば、またさっきみたいに倒れてしまうであろうと考えると、どうとも出来ないのだ。
 それを見ていた燃燈は、手助けの為に、太乙の手を掴む。
「い……いやぁ!触らないで!」
「太乙?」
 突然掴まれた手首から、快感が太乙の身体中を、駆け巡った。
「……ご、ごめんなさい。あ、あの…大丈夫だから」
 そうは言ったものの、身体はどんどん熱くなっていく。そうでなくとも、今目の前にいるのは、太乙が一番いとしいと思っている、燃燈道人なのである。太乙は、彼を欲しいと言う感情が、自分の中でどんどん大きくなるのを、感じていた。
「だ…大丈夫……だから」
 太乙は、まるで自分に言い聞かせるように、繰り返す。
「……何が、大丈夫なのだ?全然、動けないではないか」
 困ったように、燃燈は小首をかしげ、再度太乙の方に手を伸ばす。
「あ、あ……いい……いいからぁー」
 最後の方は、悲鳴になる。そして、燃燈を遠避けようと伸ばした手はしかし、そのまま彼に、しがみ付く格好になってしまった。
「太乙……」
「あ…ご、ごめんなさい」
 今や、堪えきれなくなった身体の為、太乙は両の目から涙を流し、それでも必死に燃燈を見つめ、『ごめんなさい』を、繰り返す。
「太乙……」
 燃燈の方も、そんな太乙を見ながら、ただただ、相手の名を呼ぶだけだった。
 そのうち、燃燈は意を決したように、太乙に向き直る。


「太乙。今は取り合えず、何があったかは聞かない。だから……私にどうして欲しいか。それだけ、言いなさい」
「ね……燃燈ぉ」
 そんな事を言われても、太乙にとてプライドがある。確かに、このままでは、そんななけなしの感情など、崩れてしまいそうだったが。
 さりとて、どうすればいいか、今の太乙には、わからない。
「……欲しいのだろう?」
「……あ」
 ずばりの事を言われて、太乙は全身を真っ赤にした。そして、先程から熱く脈打っている部分が、ビクンと振るえる。
「言ってみろ。太乙……お前の悪い様にはしない。私の言う事が、わかるな?」
 燃燈の優しい言葉に、太乙はコクンと頷く。
 そうなのだ。何時でも、燃燈は他人の事を考えている。彼がこう言ったのだから、信じていい。
「あ…燃燈……ほ、欲しい。燃燈が…欲しい」
「…良く言えた」
 軽く笑って、燃燈は太乙に口付ける。
「…ん…あぁ」
 一度離した唇を、もう一度近づけ、今度は太乙が欲しいように、舌を軽く絡める。
 そして、中途半端に乱れている服を脱がしてやり、優しく抱きしめた。
「ここでは……まずいな」
 まだ、何度も自分に口付ける太乙を抱え上げる。それでもこの状態で、家の中に入るのは大変なので、燃燈は近くの岩の窪みを見つけ、そこに自分のマントを敷き、太乙を横たえた。
「あ……燃燈」
 太乙は恥ずかしいことに、これから燃燈にされる事を想像して、身体が熱くなってきてしまった。
「今日は……今は、手加減はしない」
「……え?」
 そう言って燃燈がしたキスは、あの時の雲中子がしたキスよりも、はるかに太乙を感じさせた。それは、太乙が本当に心からして欲しいと思っている相手からの、口付けだからと言うだけではない気がする。
「あ……ん、んふ…い、いい…」
 燃燈の口付けに、太乙はあっさりと達してしまう。
「……あ…」
 それは、さっき自分で直接慰めたよりも、比べ物にならない程の快感だった。
「……まだ、足りないな?」
 燃燈に言われ太乙は赤くなるが、この状態の自分を見れば、彼でなくとも、そう思うであろう。そして太乙は、もう一度頷いた。



「あ……、燃燈。そ…そんな……」
 気が付くと燃燈が、太乙の下半身に顔をうずめ、脚の付根や、腿の内側……敏感な部分の周りと、舌を這わせる。
「あ……だ…ダメぇ…だよう」
 自分でも、かなり情けない声だと太乙は思うが、その語尾が甘く変わり、それが夜の帳が降り始めた中に響く。
「あー……、や、やぁ……」
 そして、昂ぶっているモノを燃燈が咥え、太乙はあまりの良さに、身体を突っ張らせ、もっともっと、恥ずかしい声を出した。
「あー……い…いいっ」
 燃燈は一通り、先から根元まで、太乙が出す声を楽しむように、舐め上げ、さらに吸った。
 その燃燈のテクニックは、想像できないほど上手く、やはりあっさりと、太乙は達してしまい、更に燃燈が、太乙の出したモノを残らずどころか、最後まですすり上げ、太乙は更に、長い嬌声を上げた。
「……燃燈……ごめんなさい」
「何故、あやまる?」
「だ……だって、こんな……」
 恥ずかしさで両耳から首まで赤くして、太乙はすまなそうに、燃燈に謝った。
「私が……したかったのだ。それに……本当は……」
 今度は珍しく、燃燈が言いよどんだ。
「前から…色々とやりたかったのだが……」
「……えっ?燃燈……?」
その間も燃燈は、太乙の背中や首筋に手を伸ばし、やさしくキスをしながら、愛撫する。
「お前が……あまりにも、慣れてない様だから……その、いきなり刺激的な事をしては……びっくりすると思って…」
「……それじゃ」
 太乙も、燃燈の告白に困惑しながらも、まだ身体の熱は冷めきらず、彼の愛撫を受け入れていた。

「私がこんな事を言うのは、意外か?」
「……うん。燃燈はもっと……」
 もっと、ストイックな仙人だと思っていたからだ。
「私も、まだまだ未熟でね」
 そう言って、燃燈は、はにかみながらも太乙が一番好きな笑顔を見せた。
 実は燃燈は、こういう事が上手いのかと、太乙が改めて認識する。その事で、太乙は雲中子に、ちょっと言ってやりたくなったが、勿論、もったいないので言わない。
 何よりも、燃燈が与える快感は、さっき雲中子が上手いなどと思ったのは、何かの間違いだとでも言うような、感覚だった。


「……して」
 太乙は、燃燈に抱きついて、甘い声で囁く様に言う。
「燃燈の……したいようにして」
「……わかった」
 燃燈は、太乙を後ろ向きにし、四つん這いにならせた。
太乙は恥ずかしくて、顔を地面につける。
「……もう…大丈夫そうだが……」
 先ほどの行為で、太乙の秘部はすっかり濡れそぼっていて、すぐにでも燃燈自身を入れても大丈夫に思えた。
 それでも一応……という事で、燃燈は己の指を一本だけ、ゆっくりと差し入れた。
「あ……ああん、もっとぉ…」
 自分でもはしたないと思いながらも、太乙は自分でも余計欲情するような甘い声で、燃燈にねだるのを止める事が出来なかった。
 そして、指が二本に増やされ、太乙の中を、優しくほぐしだす。

「……いいな」
 十分受け入れる体制になっている事を確かめ、燃燈は囁き、自身をあてがった。
「…あっ、ああー!」
 指二本が入ると言っても、太乙の中は相変わらず狭く、燃燈は力を込めざるおえない。
「あ……ああーあふ」
「……太…乙…すごく…いい」
 それでも、いつもよりはすんなりと自身を収め、燃燈はその心地よさにうめく。
「太乙……」
 そして、その間、滑らかで白く、濡れた背中に口付ける。それを合図に、燃燈は腰を動かしだした。
「あーーーす…すごく……いい!ああーん、ね…燃燈ッ」
「…お……お前も……」
 燃燈にしては珍しく、余裕のない声を出す。薬の所為で、すかっりその欲望に、忠実になってしまった太乙の中は熱く、柔らかいながらも弾力のある内壁が、燃燈に容赦なく絡みついていた。
「…う……あ」
 燃燈はあっけなく達してしまった。太乙の方も、満足したように、身体全体の力が抜け、ぐったりとなる。
「……大丈夫か?」
「…うん」
 言いながらも、太乙は夢見心地な表情をし、すっかり燃燈に、体を預けていた。
「……戻ろう。風邪を引く」
 燃燈は、今にも寝入ってしまいそうな太乙を抱え上げ、彼の洞府へと向かった。


***

 金光堂に着くと、暗い中月明かりを頼りに、燃燈は太乙をベッドに下ろし、蝋燭に火をともす。
「燃燈……」
「気がついたか?」
 燃燈は、太乙の枕もとの腰を下ろし、その顔を覗き込んでいた。
「風呂を……貸してもらおうと、思っていたのだが。お前も入るか……?」
「う…ん。入りたい…んだけど……」
 だが、やっと冷めたはずの身体が、温かい湯に浸かる事で、また以前の状態になったら、どうしようかと太乙は考えて、返事を躊躇した。
 その懸念を察したように、燃燈が穏やかに笑って、もう一度太乙を抱えあげた。
「もし……またしたくなったら……私がいる」
「……あ」
 珍しい彼の言い様に、太乙が顔を上げると、やはり燃燈は少し照れていて、太乙は少しうれしくなって、微笑んだ。



**

「さっぱりしたねー」
 心配していた身体へのぶり返しもなく、太乙は髪を拭きながら、うれしそうに居間に入ってきた。
 そこには、一足先に上がっていた燃燈が、冷たくしたジャスミンティーを飲みながら、ソファに座っていた。そして、入って来た太乙にも勧める。
「……ありがとう」
 グラスを受け取り、太乙は燃燈の隣に座る。
「……本当にありがとう。一時はどうなる事かと思っちゃった」
「薬の方は…もう大丈夫なのだな?」
 先程、湯船に一緒に浸かりながら、何があったかを聞いた燃燈は、太乙の状態に合点がいった。

「だから……そんなに深刻になる事は、なかっただろ?」
 事の発端は、太乙の背の問題で、燃燈はそんな事は気にしないと、言ったはずなのだ。
「そうだね。御免ね。燃燈の言う事なら……信じて良かったんだよね」
 太乙は甘えるように、燃燈にもたれかかる。その肩を抱き寄せ、燃燈は軽いキスをした。
「……本当に…もう大丈夫なのだな?」
「……うん…?」
 彼にしてはしつこい感じで聞くのを、太乙は不思議に思い、まさかと思いながら口を開く。
「もしかして……燃燈。まだ、満足してないの?」
「……いや、その」
 燃燈が返答に窮したのを見て取り、太乙は彼の顔を覗き込んだ。
「……そうなんだね。……ごめんね、私ばっか……」
「気にしなくていい。今日は、お前があまりに辛そうだったし、ああいう事情では……」
 そこで、燃燈の言葉は途切れた。
 太乙が、彼の唇を塞いだからだ。
「……あっ」
 軽い、溜息のような声が、燃燈からこぼれると、太乙は、いたずらっぽく笑って、彼からはなれた。
「少しは……キス…上手くなった?」
「……こら」
 燃燈は、怒ると言うよりも、困った表情で、太乙を見る。
「でも、いつも私ばかりが、貴方に“して”もらってるから……少しは、私も返したいんだ」
「……太乙」
「ねっ。だから……」
 太乙の手が、燃燈の浴衣の裾を割り、中へと伸びる。
「太乙!」
「あ…あんまり、上手くないかもしれないけど……」
 そう言って、太乙の手は更に燃燈の下腹部をまさぐり、目当ての物を見つけ、引っ張り出す。
「太乙…止めないか…ッ」
「何で?だっていつも……燃燈は私にしてくれるじゃないか。さっきだって……」
「…し……しかし」
「ねェ、私だって、燃燈を悦ばせたいんだよ」
「太乙。私は十分……お前の、その綺麗な体と、声と……で、満足しているぞ」
 それを聞くと、不意に太乙は不満そうな表情になる。
「それって……私のいいのは、外見だけってみたいだよー」
「……膨れるな。お前とて、十二仙なのだから、その能力は皆の認める所ではないか」
「……ん−」
 納得しない様子で、太乙は燃燈を見ていたが、その手はしっかりと、彼の物を引っ張り出していて、指先を滑らせていた。
「ねえ……、やっぱ、こんなになってるよ」
「……そんな事をしたら……誰だって……」
「いいでしょ?」
 太乙は、誰でも頷いてしまいそうな表情でお願いをする。
「……つらくなったら、止めていいからな」
「うん!」
 結局、燃燈の方が折れる形になり、許可の言葉を言うと、太乙はうれしそうに、彼の昂ぶりを咥えようとした。
「まっ、待て。その……いきなり……」
「あっ……そうか!ふふっ、燃燈、教えてね」
「……いや…その」
 なんかいつもの頼りない調子とは違って、太乙はやけに積極的だった。それは、対照的にうろたえた様子の燃燈に、ちょっと浮かれていたためだ。
「そうだね。最初は……」
 太乙は、先程燃燈が自分にやってくれた事を思い出し、その昂ぶりに、まずは舌を滑らせる。
「……た……」
 何度か表面を往復した後、先っぽを舐め、咥えて更に舐め回した。
「た……太…乙、いいよ……」
 燃燈が掠れた声でそう言うと、太乙はとてもうれしくなり、もっと熱を込める。
「あ…なんか……」
 一旦、すっぽり咥えたものの、苦しくなった太乙は、もう一度外側を舐め始めた。
「なんか……もう一度…感じて…きちゃった。どうしよう……」
 濡れて光っている唇を見せながら、太乙が言うと、燃燈はその身体を起こしてやった。
「じゃあ……もう一度……しよう」
「……っ」
 燃燈は太乙に口付けをし、彼の後ろに手を伸ばす。
「……あっ」
「私の上に……乗ってごらん」
「……えっ、でも」
 太乙の中が、しっかり濡れているのを確認すると、燃燈はそんな事を言い、躊躇する彼の腰を掴んだ。
 そして、太乙の蕾を慎重に自分の先に当てて、そのまま降ろす。
「あー!ああっっ」
 燃燈のモノは、太乙の重みですぐにその中に埋もれてしまい、太乙は悲鳴のような、よがり声を出す。
「大丈夫だ。力を……抜いて……」
 太乙の片足を抱え込み、そのまま伸ばした手で、彼の背中を支えてやる。彼の首筋から肩口へと、雨のように口付けを降らせ、空いた手で、太乙の萎えたモノを、扱いてやった。
「あー、ああ、ね…燃……と…」
 太乙は、両手を燃燈の首に回し、何時しか自分から、動き始めていた。
「太乙……一緒に……」
 やはり余裕のなくなった燃燈が、太乙にきつく口付けをし、二人の声が溶け合っていった。


「燃燈……」
 この状態では、当然のごとく、燃燈は金光堂に泊まる事となり、二人は一緒の寝台の中にいた。
「ずっと……側に居てね」
「……太乙は、甘えん坊だな」
「だって……!」
「わかっている。私が、いい加減な気持ちでお前を抱いたのではないと……」
「うん……」
 最大限の幸福の中で、太乙は燃燈にキスをした。




***

「よう、太乙。御機嫌じゃねェか」
 数日後。元気に崑崙山を散歩していた太乙に、赤精子が声をかける。
「うん。今日も気持ちのいい朝だね」
 ニコニコと、答える太乙を、赤精子はまじまじと見つめる。
「……やっぱ、随分背が伸びたんじゃねえか?うらやましいな」
「……うん。ありがとう。本当はね……以前は、嫌だったんだけど」
「……へー、そんなもんかねェ」
 そう。燃燈の気持ちは、こんな事で変わらないと、信じる事が出来たから、太乙はもうこの事で、悩まないと決めたのだった。
「そう言えば……知ってるか?雲中子の奴またなんかバカな事をやって、今度は事もあろうに、燃燈道人の逆鱗に触れたらしいぞ」
「へ……へ−、そうなの……」
 太乙は、当然あせる。その一端は、自分に係わる事なのだから。
「奴も、同僚を実験体にする癖だけは、やめてほしいよなぁ。太乙、お前も気をつけろよ。まっ、奴は当分動けねぇらしいけどな」
「う、うん。ありがとう。じゃーね……っ」
 やっぱし、雲中子に少し悪い事をしたかなとも思いながらも、太乙は日課の、燃燈の洞府に急ぐ事にした。



 きっと、ずっとずっと、一緒にいようね。
 貴方を信じているから。


END


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