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記憶
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「兄さん」 そうかけられた声に、東海道新幹線は、肩越しに振り返った。 「ここに居るって、聞いたから…」 『誰から？』という問に、京浜東北からだと答えれば、兄はは『そうか』と、穏やかに返した。 「先程、下で会った。ここを見下ろすのに、いい場所を聞いたら…」 そう言う彼が座るのは、新しく改装された東京駅を見下ろすのに丁度良い、向かいのビルのレストラン。窓辺に作られたカウンターに、彼は座って窓からの眺めを楽しんでいたらしい。 改装された東京駅が開業してから、もう二週間になる。案外新しもの好きな兄が、今頃わざわざこうやって駅を見ているのは、少し不思議な感じがした。 「隣…いいですか？」 兄だからか、もっと別の意味からか。東海道Jrは、丁寧な物言いでお伺いを立てる。 「そのつもりで来たんだろう？」 今日の彼は、機嫌が良いらしい。穏やかな秋晴れのもと、在来線も高速鉄道も、概ね順調に運行している。今の所、兄を悩ます問題も、それ程出てはいない。 「失礼します」 そう言って、東海道本線は兄の隣の席に座った。ウエイターに問われ、無難にコーヒーを頼む。兄は…と見れば、期間限定のドリンクを飲んでいた。どう見ても甘そうだ。 実の所、かなり甘い物好きな彼は、こちらに来る度に、周辺のの新店舗をチェックするのを怠らない。まあ、仕事熱心な彼としては、東京駅の発展は、望むところであろう。今や、空港も高速のＳＡも集客に必死だ。 「秋田が、美味しかったと言っていたのでな」 言い訳のように説明する兄も、ちょっとかわいい。緩みそうになる顔を、必死で保ち、『秋田上官は色々おいしい物を、知ってますからねぇ』と、誤魔化してみた。 「いい眺めですねぇ」 昔なら、見られるとは思わなかった、眺めだ。 「そうだな。東京駅には、このドームこそ相応しい」 感慨深げに口に出す兄に、Jrは心の中で同意する。自分たちは知っているのだ。この駅舎の、昔の姿を。兄は、写真で見たと言っていた。自分に至っては、あのドームが無残に焼け落ちる様も、見てきた。 数年後、この地を走り出した兄は、再建された角形に落胆した様に見えた。焦土と化した本国を、目の当たりにした彼は、それでも今度は自分が、この地で人々を運ぶのだと、胸を張っていた。まあ、あの頃は、彼が兄という感じは、あまりしなかったのだが。 それも今や、昔のことだ。 「そう言えば、ホテルのあの部屋。すごかったですよね〜。一回泊まりたいなぁ」 しんみりした雰囲気を変えようと、Jrは先日みんなで内覧した、ステーションホテルの様子を、思い出しながら言ってみる。 「…おまえの所の収入じゃぁ、無理だろう」 相変わらずの物言いに、言い返そうとしたJrは、真っ直ぐ自分を見つめる兄と目が合い、口を開いたまま固まった。 「私が、奢ってやらんこともないぞ」 有り得ない兄の言葉に、Jrは、目をしばたたかせる。 「これから向こう一ヶ月、おまえがまともに運行できればな」 無茶なことを言うと、Jrは即座に思った。そうでなくても、また週末には、台風が本土に接近するではないか。兄よりも長い営業距離を持つ自分は、彼以上に天候の影響を受けやすいのだし……。 「努力します」 が、出来ないと即答することなど、許されるはずもなく、Jrは、やはりひきつりながら、そう言うのが精一杯だった。 「そうだぞ。我々が、東海道の、東西をつなぐ要なのだからな」 何の曇りもなく、言い放つ彼に、多少の諦めと、誇らしさを持って、Jrは頷いた。 「……鳴っているぞ？」 突然、Jrのポケットからの携帯の音に、東海道新幹線が気が付く。 「…え？げ〜〜〜」 「どうした？」 うんざりした声を出す弟に、大体の察しは付くものの、つい聞いてしまった。 「……宇都宮線が…止まってる」 「また、架線を切ったのか？」 ちょっと怒った表情の彼に、東海道本線は、もっと情けない理由を告げた。 「線路が…陥没したそうです」 「……何で、そんな事になる？」 大体、普段の整備点検がなっていないのではないかと、更に続きそうな兄の言葉を遮り、Jrは席を立った。 「大丈夫です。皆さまの手を、煩わせるようなことには……」 「そうして欲しい物だな」 『急げ』と、一言いわれ、東海道本線は一礼してその場を駆け出す。 「……結局、私が奢るんじゃないか」 残された、二人分の注文書を眺めながら、東海道新幹線はちょっとだけ顔をしかめた。 |
イラストから、何となく書いてみた。
振り返って『弟、どうした？』という感じで。
実際はこんなに優しくないと思う。
兄は、大陸生まれらしい。
線路陥没は、マジ