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幸せのお裾分け
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「おはようさん」 いつもの穏やかな物言いで、上官室のドアを開けたのは、山形新幹線だった。そこにいた者はちらりと視線をあげ、それぞれに挨拶をする。が、当の山形は、ドアの前に立ったまま、ぐるりと部屋を見回すだけだった。 「東海道なら、いないよ」 雑誌を読んでいた秋田が顔を上げ、山形の困惑を察してか、そう声をかける。 「どごさ、いったべ」 立ったままの山形は、その手に大きな包みを抱えていた。 「山形…それさぁ」 「山陽と、関西に行くって言ってたよ。その後名古屋に帰るって…」 秋田が山形にかけた声を遮るように、上越が返事をする。 「今頃は、名古屋だか？」 「もしかしたら、今日は帰って来ないかも…」 珍しく東北が補足をする。 「そが…」 目に見えるように、落胆した山形は、それ以上部屋の中に入ろうとはせず、回れ右をして、ドアを開けた。 「…今年の出来は、よがったのになぁ」 「や、山形。待って…」 ぼそりと呟いた声に、止めようとする秋田の声は無視され、そのままドアが閉まる。 「どうしたの？」 その秋田の様子に、気の利いた上越が、声をかける。 「東北！今日東海道が帰らないって、本当なの？」 あわてて、秋田が聞く。東北は無言で、見ていた新聞の天気図を示して見せた。 「見事な、秋雨前線だねぇ」 取って付けたように、上越が、呟いた。 「そのくらいなら、帰ってこれるだろう？予定では、今日帰るんだろ？」 何故か食い下がる秋田に、上越は怪訝な顔を向ける。 「久々だから、ゆっくりしてくると…」 「東海道が言ってたの？」 「Jrが…」 相変わらず、ぼそりと最低限だけ言う東北に、たまりかねて上越が意見する。 「それは、Jrの勝手な憶測だろう？決定事項じゃ、ないじゃないか。どうして君は、いい加減に物事を伝えるんだ？さっきの言い方じゃ、絶対東海道が、今日は帰ってこないみたいに聞こえたよ。君は何時だって」 「とにかく！」 日頃の文句を言い始めた上越を遮って、秋田は声を上げる。 「東海道に、すぐ帰るようにメールしてよ」 秋田の言葉に、上越と東北は顔を見合わせ、さらに首をめぐらせ、二人そろって秋田を見た。 「上越なら、何とかできるだろう？名古屋からすぐ帰れば、二時間ちょっとだ。３時までには帰れるよ」 「えー、面倒じゃない。第一、どんな理由で帰れって言うのさ。東海道の機嫌を損ねず、納得させた上、直ぐに帰ってくるような文面、考えるの面倒なんだけど」 何事につけても、動きたくない彼は、そう抵抗して見せた。 「あんた、本当に面倒くさがりだね。東北といいコンビだよ」 「東北は関係ないよ。そう言う秋田がメールすればっ……て言うか、帰ってきてほしいのは、山形なんだから、彼が…」 「山形が、東海道にそんな無茶言う訳ないだろ。便利な山陽は居ないんだから」 便利扱いされた山陽にも、言いたいことはあっただろうが、幸か不幸か、彼はここにいない。 「じゃあ…」 そう言って、上越は東北を見る。 「ややこしくした、東北が、責任を取るべきだよね〜」 にこやかな顔で、そう告げると、東北はいやな顔をした。 「いいじゃない。東北なら『すぐ帰れ』って、素っ気ないメール送っても、東海道は突っ込まないだろうし、君の方が、説得力あるかもよ」 「俺には…」 「それがいいよ。東北、早くメールして！」 東北の抗議など無視されて、二人の間では決定事項になったらしい。こうなると、言葉の足りない東北には、撤回することなど難しく、言いたいことはあったが、東北はあきらめた調子で、のろのろと携帯を取り出す。 「貸してっ」 素早く上越の手が伸び、さっさと画面を開いて、メールを一本打った。それに満足した秋田は、上越の腕をつかむ。 「山形を引き止めなきゃ」 「え？帰ったりはしないだろう？」 「分かんないじゃないか。それに…」 話しながら、結局二人は外に出ていった。それを見送った東北は、また新聞に目を落とした。東海道から何か返ってきても知らないと思ったが、東海道からは簡潔な『了解』の返事が返ってきて、東北のささやかな反抗も、行使されることはなかった。ただこれで、帰ってきた東海道に何を言われるかと思うと、少し気が重い。
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「それに？」秋田に廊下を引きずられるように歩きながら、上越は先程の話の続きを促す。 「山形、置いてくのも忘れて、自分の執務室にもってっちゃったからさぁ。まあ彼の事だから、捨てたりはしないと思うけど…」 「何を？」 もっと続く言葉もあったが、上越は手近な疑問を聞く。 実のところ、察しは付いていたのだが。 「さっきの包み、あれ…ケーキだよ。ラ・フランスの」 やはりそうかと、上越は少しばかりくらくらするのを感じた。この時期。いつも山形は、秋の果物のスペシャルケーキを持ってくる。甘党の東海道の為に。 「良くできたって言ってたし、あの下は山形葡萄のケーキかも。和栗のモンブランも捨てがたいなぁ」 楽しそうな秋田に、上越は心の中で呆れる。彼の食いしん坊ぶりは、筋金入りだ。 「…でも」 最後の抵抗のように、上越は続ける、。 「東海道が居なくても、山形は俺たちに食べろって言ったと思うし、遅くとも明日になれば、東海道戻ってくるだろうし…」 いずれにしても、秋田はありつけるんじゃないかな…と上越が言う。小食な東海道には、それぞれ一切れずつ、残しておけばいいだろうに。だが、その言葉に、秋田はクルリと振り返り、真顔になった。 「山形は、東海道の為とは言わないかもね。でも彼抜きに、先に僕たちだけで食べたら…」 上越は、その先を想像して、嫌そうな顔をした。 「その後に拗ねた東海道を、慰めるのは骨じゃないか」 「それこそ、そんな事は、山形に任せればいい」 自分に降りかからなければ、どうでも良いという態度で、上越は言う。 「ダメだよ。美味しい物は…」 さも当然！と言う表情で、秋田はとどめの一言を発する。 「みんなで食べなきゃ、意味がない」 笑う秋田に、上越は目を瞬かせる。 その間に、秋田は山形新幹線の執務室のドアを開けた。 |
はらぺこまち、最強(^^ゞ
イメージはシルクねぇさん