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この世に二人だけ
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「…フー」 一日の業務が終わり、東海道新幹線は東京駅のバックヤードを一人歩いていた。十月一日から営業を始めた新幹線の、これからが正念場だ。それでも、昔の鬱々とした時代から比べれば、毎日が充実している。 日々の業務の終わりに歩く、暗い地下の柱が立ち並ぶ場所は、案外に好きな場所の一つだった。ひんやりとした空気の中、一人になってゆっくり考え事が出来る、数少ない場所だ。 が、自分の足音の他に、遠くの方から、別の足音が聞こえた。まあ、ここは国鉄の職員も利用するから、タマに人に会うこともある。程なく前方に人影を見つけた。随分と背の高いそのシルエットから想像される人物が、ちらりと浮かぶ。あまり会いたくないその人物の容貌を思い出し、東海道は顔をしかめた。 「おや……これは、ハトではないか」 黒縁眼鏡の長身。一番会いたくない人物。その含んだ言い方は、東海道の大嫌いな、ツバメだった。 無視する訳にもいかず、東海道新幹線は、歩きながら返事をする。 「私は、もうハトではない。私は…」 「そうだったな。役立たずのハトは、その名前から逃げたのだものな」 そのまま立ち去ろうとしていた東海道新幹線は、つい足を止めた。 「逃げたんじゃない！もっと…」 何と言うべきか、一瞬迷う。 「もっと、高みに……」 「高み？新幹線になったからって、調子に乗りすぎていないかね？また車両故障で遅延等せんように、精々気をつけることだな。新型車両は、トラブルが多いからな」 「何を…」 「故障ばかりして、役に立たなければ、不要路線として廃止されるかも知れんぞ」 「そんな事は…」 あるわけはない。我が路線は、この国が、威信をかけて作った、最高の…。 「どうだか。ハトのお前には、荷が重いんじゃないのか？」 「私は…もう、昔の私とは…」 昔の自分。満州国の威信を懸けた、鉄道。なのに、自分達は逃げるように、本国に帰ってきた。 「そうかな？」 最初の虚勢は崩れて、少しずつ声が小さくなる東海道に、つばめは詰め寄った。東海道が一歩下がると、その背が柱に当たる。 「確かめてみるか？」 東海道より高い位置から見下ろすつばめは、いきなり手を伸ばし、東海道の顎をつかんだ。 「！離せっ…やめ」 「お前程度の物が、高速鉄道だと？さっさと、他の者に明け渡した方が…」 「何を…してるんだ？」 突然掛けられたら声に、二人はそちらを向く。 「東海道…本線」 少しばかり気の抜けた声で、東海道新幹線は相手の名を呼んだ。そこにいたのは、自分の弟になった、男だった。 「いや、ちょっと昔話をね」 ツバメにしてみれば、本線は上司みたいなものである。ツバメは東海道新幹線に掛けていた手を、何事もなかったかのように仕舞い、一言言い置いて、そそくさと、その場を立ち去った。 「大丈夫ですか？」 未だ、ショックを受けた様子で、柱に寄りかかっている東海道新幹線に、本線は声をかけた。 「あ、ああ。助かった」 視線をはずしたまま、東海道新幹線は答える。 「やっと、ゆっくり話せますね」 何事もなかったという風情で、東海道本線は、優しく声を掛けた。言われて、新幹線はそっと、視線だけを動かす。 そう言えば、開業してから何かと忙しく、彼とは、話らしい話もしていない。自分がハトの時も、ただ走ることに懸命だったから、付き合いはほぼない。ツバメとの確執もあった自分には、本線などただの上司でしかなく、奴との仲を、取り繕うので手一杯だったから。新幹線になってから、上の人間に、自分は彼の兄貴格になるのだと言われ、不思議な感じがした。開業日に彼を遠目で見たが、昔見た彼と印象が変わってないと思ったくらいで、何かがあるとは思えなかった。 実際、開業の忙しさにかまけて、無意識に彼と会うことは避けてきたし、正直会いたくないと言うのが本音だ。東海道新幹線は、本線の複々線の扱いだ。本線の列車格だった自分が昇格した形で、新幹線になっが、実際は、この目の前の彼が昇格しても、おかしくなかったのだ。 「あ…っと…」 何か返さなければと思うが、何を言って良いか解らない。 「…兄さん」 「…え」 「すいません。呼んでみたかったんです」 初めて、当人からそう呼ばれて、東海道新幹線は戸惑った。未だ彼の真意を聞いていない。いくら、これから彼より、速度も収入も上の路線になると言っても…だ。 「実は、オレ、上の人に、頼んだんです」 「…何を」 「出来れば、兄さんと、呼べる人が欲しいって…」 東海道新幹線は、びっくりした表情で本線を見た。 「ほら、僕はに…そう言う人、いないから」 東海道本線は、この国の鉄道の中で、一番の年上だ。年期と言う観点から言えば、彼の上に立てる路線などいない。 「無茶を言っている自覚はあります。だから、実際はあり得ない希望…で…」 それでなのかと、東海道新幹線は思う。この地位に昇る時、本線の兄貴格にならないかとも言われた。ほぼ命令の様な形で、拒否権などなく、そんなものかと、漠然と思っていただけだったが。 この国で最初に産まれた彼は、唯一無二の存在だ。その後から生まれた者たちの、先頭に立たなくては、いけない。 「願うと言うことは…」 未だ本線を見ないまま、東海道新幹線は口を開く。 「未来…だから」 「…はい」 東海道本線は知ってる。彼が走って居た頃も、不遇の時代も。彼がどれ程頑張っていたかも。 「拒まないでくれて、オレ…嬉しかったんです」 「拒むなど…」 自分に、選択肢はなかったのだから。 「兄さん…行きましょう。明日も、忙しくなりそうですから」 目の前に伸ばされた手を、東海道新幹線は、照れくさそうに取った。 「そうだな。私たちが…」 この国を、引っ張って行くのだから。 東海道新幹線は、初めて、弟の顔を、正面から見つめた。 |
タイトルは、思い付かなかったので××りました(^_^;
おかしいなぁ。Ｊｒそんなに気に入ってはいないんですが。