涙のあと＊「もう、着いた頃か…」 東海道は、大阪の、自身の執務室の時計を見上げ、ひとりごちた。 先程、屋上から０系のラストランを見送った。ホームには行かなかった。あまりにも、別れがつらくて。 窓から、すっかり暮れてしまった、大阪駅を見下ろす。そろそろ、戻らなければいけなかったが、その気力がない。どうしたものかと考えながら、東海道はソファーに腰掛けた。
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「…う……道」自分を呼ぶ声と、軽く揺さぶられる感覚に、東海道は重い瞼を、こじ開けようとする。 「東海道。風邪引くぞ」 月並みな言葉をかけられ、未だ覚醒しない身体を、抱きしめられた。あまりのことに、何とか目を開ければ、そこには心配そうな顔をした、山陽が居た。 「貴様…」 少しきつく睨めば、 「大丈夫か？」 ともう一度問われ、怒る気力を無くした。 「寝ていたようだけど。疲れてるんだろう？」 「…貴様、式典は？いや、今日は博多に居るはずでは」 そろそろと起きれば、山陽はゆっくりと離れる。いつの間にか眠っていたようだ。 「帰ってきたんだよ」 そう言って山陽が、時計を示せば、彼が博多から戻ってくるのに、十分な時間が経っていた。そのまま、山陽は窓辺に近より、夜の大阪駅を見下ろす。 「……って、泊まってくるのでは、なかったのか？」 「そのつもりだったけど……」 山陽は、少しだけ振り返る。 「お前が、まだ居るかなって…」 「…え？」 「お前…屋上から見てただろう？」 「あ、あれは…見えただけだ」 照れ隠しのように東海道は、喚いてみせる。あれを見られていたとは、不覚だった。しかも、この男に。 「…もう、戻らなければ」 慌てたように、東海道は立ちあがる。今なら、東京行きの最終に、間に合うはずだ。 「本社？」 「いや、東京に」 「それなら、大丈夫だ」 「…何が？」 「明日のミーティング、午後にしたから」 「……え？」 東海道は、一瞬で理解した。考えれば、今夜中に戻らなければ、山陽とて明日の朝は、間に合わないのだ。 「……そうか。助かった」 気が抜けて、東海道はもう一度ソファに、身を沈めた。自己の、配慮の無さに少しだけ落ち込み、手配をしてくれた山陽に、素直に感謝した。 「そう言う…お前は…私に用なのか？」 考えれば、各高速鉄道に連絡を取ってあるのなら、山陽は博多でゆっくりしてくればいいのだ。それをわざわざ帰って来て、ここに来たのは、自分に会いに来たと言うことではないのか。 部屋には、まだ灯りが付いてなく、外のイルミネーションだけが、部屋を照らしている。だから、山陽の表情はよく解らない。自分も起き抜けだし、何より、まだ目の辺りがはれぼったい気がして、見られなくて良かったと思う。 「用…って、言うか…さ」 『うーん』と一言いって、山陽は東海道の隣に座った。 「お前が、泣いてないかと、思って…」 「誰が、泣くんだ！？」 声が上擦る。あれまで、見られていたのか？山陽なら、あり得ないことではない。 自分達は、『本当に』目が良い。人の形をしていても、“何か”が、人間とは違う。あの位置からでも、自分が見えたというのなら、表情まで見られていたのかも知れない。 「だって」 スッと、山陽の手が、東海道の顔に伸びる。暗いため、よく見えなかったのと、不意を突かれたので、山陽のそんな行為を許してしまった。山陽の指が、東海道の目許をなぞる。 「涙の跡…」 「これはっ……寝てたからだ…」 「ふうーん」 強がるのは、いつものことなので、山陽は、それ以上突っ込まなかった。 それに、この件に関しては、東海道を責めるのは、酷だろう。自分よりも、彼の方が、０系に対しては、思い入れがあるはずだ。 「なら、いいんだけどね」 言葉とは裏腹に、山陽は東海道の腕を掴み、自分の方に、引き寄せた。 「何を……」 「じゃあ、今から、山陽さんの胸で泣く？」 「何を言っているんだ！」 「だって…」 きつい口調とは違って、引き寄せられた東海道は、山陽にされるがままだった。 「０系が、走った路線は…俺達だけだから…」 「……」 「俺達、二人だけが、知っている……」 ぽすっと、山陽の大きな手が、東海道の背中に置かれる。 「他の誰でもない、俺達だけなんだから…」 「貴様は…どうなんだ？」 「山陽さんはね……」 山陽は、東海道の両肩に手を置き、視線を合わせた。そして、コツン…と、額を合わせた。 「博多でいっぱい…泣いてきた」 「……情けない奴だ」 「うん」 「お前、５００系が引退になったら、馬鹿みたいに泣くんだろう？」 「それは言わないでよ〜。山陽さん、考えただけでも、悲しくなっちゃうよ〜」 「……いつかは、来ることだ」 「クールだね、お前…」 「……そうありたいと…いつも、思っている」 「……うん」 静かな部屋の中に、ぱたりと水の落ちる音がする。 東海道の両肩を抱いていた山陽は、その手を彼の背中に回した。 東海道は、そのまま素直に、山陽の肩に頭を預けた。 |
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脚注 |
原作では、山陽さん、あのまま東海道は『らしい』認定で終わりそうですけどね。
やっぱり、東海道に夢を見ている気がする…
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