黄色いアイツ

＊

「ぱねェ黄色を見た」
　青い顔で部屋に入ってきたＮ’ＥＸが、前置きなしに口を開く。
「おう、Ｎ’ＥＸどうした？」
　その姿を見つけた外房が声をかけた。
「何だ？そのパネェねぇ黄色って…」
　内房は、読んでいた雑誌から顔を上げ、問いかけた。
「見たんです。全身黄色い車両…」
「…どこでだ」
　最近の東京近郊の車両は、アルミボディにラインというデザインになっている。彼ら千葉の星である総武線も、その例に漏れない。だからここの連中は、その節は、大いに嘆き悲しんだものだ。まあ当然、総武に一喝されて、一時は収まったが。
「あの、新幹線とか言う奴の路線です」
「また、奴か！？」
　その場にいた路線たちが、色めき立つ。
「あいつ、総武さんのイエローをパクるなんて！」
　ただ、正確に言えば、総武のカナリアンイエローよりは、かなり濃い黄色だ。そして「ブルーの、ラインがあるんです」
「「なんだと！」」
　一同が、声を揃えた。

　総武は、よく中に青色のトレーナーを着ている。つまり、黄色とブルーだ。それではまるで、総武そのものをパクっているようにしか、思えない。
「ああ…それ」
　突然、何時も通りに隅っこで雑誌を読んでいた京葉が、声を掛ける。
「きっと良いことがあるよＮ’ＥＸ……」
「……いいこと？」
　全然関係のない言葉に、一同が京葉を見る。
「それって、レア車両なんだよ～。ドクターイエローって言ってね。見るとラッキーだって…」
「な、何か、良いことがあるのか！？」
　内房が、上擦った声で聞く。
「あるんじゃないのかな～。東京に行く僕だって、見たことないんだよね～。いいなぁ、Ｎ’ＥＸ…」
　多少棒読みな感じの台詞に、内房達は気が付くことはなかった。
「よーし、Ｎ’ＥＸ！次は羽田まで延長だぁ！」
　ほとんど無茶な希望を、彼らはわめき、盛り上がっていた。いいことがあると言うだけで、希望が叶うと京葉が言ったわけではないのだが、そんな事はどうでも良かった。
「良かったね～」
　ほとんど心のこもっていない口調で、京葉が言う。

「……お前…さ…」
　その盛り上がっているところに、こっそりと入ってきていた武蔵野は、京葉の側まで来ると、小声で聞く。
「…解って言ってるだろう？」
「何で？レア車両なのも、見るとラッキーなのも、本当の事じゃない？」
「その、レア具合が問題だろう？大体、専用路線に、専用検査車両…それだけ特別だって事に、何で気が付かないんだよ？」
「そんな事に気が付くなら、とっくに自分達で調べて、ビビッてるでしょ？それに…」
「それに？」
「僕はね。自分達が何ものか知らず、井の中の蛙で粋がっているのを、生暖かい目で見るのが大好きなんだもん…」
「……それは」
　凄く意地が悪い。意地が悪いが、元来こういう奴だ。こういう奴が、夢の国への列車を走らせてるのも、皮肉だと思う。

「何やってるんだ？」
　そこに入ってきたのは総武。
「総武さん！Ｎ’ＥＸが、羽田まで行けるんです！」
　千葉の連中達は、勝手に盛り上がって、すっかりそう言うことになったらしい。
「本当か！」
　何故自分は知らないのだろうと思いながら、総武は嬉しそうに言った。

　まあ、当然。話をよく聞いた総武の機嫌が、急転直下悪くなったのは想定の範囲内で。
「おいっ、京葉！いい加減なことを言うなっ」
「…え？」
　返事と同時に、京葉は総武の一発を受けた。ぼーっとしている京葉が、避けられるはずもなく。
「あらら～」
　隣で倒れている京葉を見下ろし、武蔵野は呑気だった。
「武蔵野。てめぇも…京葉を止めろよ…」
「あ、ちょっと…」
　どうやって逃げようかと、考えていた武蔵野の、携帯がタイミング良く鳴る。会社から支給の物なので、業務連絡らしい。流石の総武も、構えていた拳を、下ろした。
「え？あ……はい。解りました。じゃあ…乗り入れは…」
「……どうした？武蔵野」
　困惑した表情の武蔵野に、総武は聞く。また遅延なのか？
「…京葉線内で、車両故障らしくって。乗客閉じこめたまま…開く気配がないって…」
「……」
　総武は、ちょっとまずったかという顔で、倒れている京葉を見た。
「と言うわけで、俺は乗り入れ切らなきゃなんで……」
　じゃっ…と言う感じで、片手をあげて武蔵野は出て行く。
「お、おう。頑張れよ……」
　毒気を抜かれた総武も、片手をあげて武蔵野を見送った。
「総武さん！で、京葉の言ったことは、ウソだったんですか！？」
　やはり、京葉を見下ろし、外房と内房は総武に詰め寄った。
「……いや、ウソというのは……」
　これから、どうやって連中を納得させるか、総武は頭が痛いと思った。
「……中央でも呼ぶか」
　ぼそりとつぶやいた言葉は、勿論誰にも聞こえなかった。

書き始めたのは、前だったのに、かかっちゃいました。
実は、京葉×武蔵野なんだぜ～(^｡^)

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