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一つめの誕生日
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コンコン…と、とても控えめなノックが、部屋の外で響いた。 「は…い…」 その音に反応して、ベッドから置きだした山陽は、やはり小さな声で応えた。が、返事をしながらしまったと思った。 ここは東海道の部屋だ。この早朝に、自分が彼の部屋にいる。もう、なにをか言わんや…ではないか。 まあ、高速鉄道の仲間には、とっくにばれているのだが。 だが、ここに来たと言うことは、東海道に用事があるのだ。解っていて、自分に用のある者が、このドアを叩いたと言うことも、考えられるが、それは確率としては、かなり低いだろう。 昨日の夜、一緒に過ごしたいと言えば、東海道は少し頬を赤らめながら、頷いた。何しろ、明けた今日は１０月１日。東海道新幹線の開業日だから。 東海道の前身は、『特急はと』だが、東海道はその頃のことはあまり話したがらないし、本人にとって良い思い出ではないらしい。山陽もその事には触れない。だから、東海道の誕生日は、１０月１日なのだ。 昨日、日付が変わって、一番に『おめでとう』を言った。なにかとても、言ってやりたくなったから。 ベッドの中で言うと、東海道は小さな声で『ありがとう』と言った。今年は、それ程節目の年でもないから、特に行事なども予定されていない。むしろ、彼の弟の東海道本線の方が、毎年の『鉄道開業記念』で、忙しい程だ。 「え…と、誰？」 結局腹を括って、山陽は声を掛けた。何しろ、東海道は起きる気配がない。 「あの…ひかりとのぞみ…です」 その名前を聞いて、山陽は慌てた。 ひかりとのぞみ。言わずと知れた、東海道山陽新幹線の車両だ。とても、東海道に懐いている。それが、こんな朝早く来るというのは、もちろん東海道の誕生日を祝いに来たのだろう。そして、自分が返事をしてしまったことは、ばれているだろう。山陽は、諦めてドアを開ける。 「…お早うございます」 二人並んで頭を下げる。これは困ったと、山陽は目を泳がせた。 「え……っと、東海道は、まだ…寝ていて…」 「……山陽上官」 のぞみが、無言の圧力をかける。 「えー、東海道、起きてないの？」 彼のことを上官と呼ばないひかりは、解っていてこう言う。 「用は何かな？」 山陽は、気を遣いながら聞いてみる。上官は自分だが、実際ひかりの方が、新幹線としての経歴は長く、山陽は頭が上がらない。そしてのぞみは、東海道の肝いりで新幹線になったから、山陽は邪険には出来ない。 「誕生日ですから…東海道上官が……」 「のぞみ。今日は“はと”って呼ぶって、決めたじゃん…」 二人のやりとりに、山陽は困惑した。大体、東海道が“はと”と呼ばれるのは、凄く嫌がっているのを、知っているはずだが。 「本当は、一昨年、お祝いしたかったのですが……」 言葉だけは丁寧に、のぞみは言う。 何故一昨年なのだろうか。それに、東海道の記念というなら、来年だ。 「はとが、８０歳だったからね〜」 軽そうに、ひかりが言う。 「誰が、じじいだ」 声の方を見れば、東海道が起きてきていた。一応部屋着を羽織って、体裁は繕っていたが、どうせ自分達の関係は、ばれている。 「…東海道」 山陽が声を掛ければ、東海道は目で合図をする。山陽は場所を変わってやった。 「ひかり…のぞみ…」 「はい、プレゼント」 「お誕生日、おめでとうございます」 東海道は、目の前に差し出された箱を受け取り、二人の方を見る。 「…ありがとう」 未だ、釈然としない面持ちで、山陽はそのやりとりを見ていた。 「では、僕たちは用意がありますので…」 そう言って、もう一度頭を下げ、二人はその場を去っていった。 「…何だ？」 今のやりとりを、頭の中で整理していた山陽に、東海道は相変わらずの表情で声を掛けた。 「いや…その……お前…８０歳…なの？はとって…」 「…その名で呼ぶな」 そう文句を言う東海道も、いつもほどの迫力はない。何しろ、あの二人には、“はと”と呼ぶことを、許しているのだから。 「彼らとは…昔……満州で、一緒だったから」 「え？あ、ああ……それで…」 東海道が、以前“はと”だというなら、実はその出自は、満州だ。それは、最近気が付いたこと。そして、東海道がひかりやのぞみと懇意なのは、そう言うことか。 「って、え？何であの二人…」 「私達は…和名だった」 「和…ああ、だから“希望”じゃなくて“のぞみ”なのね」 ひかりの後、もっと早い列車を設定すると決めたとき。ひかりよりも速いのだから“希望”にしようと、車内から意見が出た。それを『和名が良い』と言ったのは、誰だったか。“のぞみ”なら、彼らが満州から一緒に引き上げてきた“のぞみ”を、走らせられる。そう言うことか。それを、“陰謀だ”と言う輩もいたが、その根拠も山陽は納得した。 「私は、８２年前の今日…名前をもらった。満鉄で、初めて名前のついた、急行列車だ」 「え？じゃあ、それって…」 はとの本当の誕生日と、東海道新幹線としての誕生日は、一緒と言うことか。毎年、ひかりとのぞみは、朝のホームでのミーティングで、東海道に“おめでとう”を言うから、気にしたことなど無かったが。 「本当に…偶然なのだがな…」 「……うん」 山陽は、もうそれで話は終わりだと…手を振る東海道の腕を取る。 「…山陽？」 「おめでとう。はと…そして、東海道……」 腕の中に抱き込み、耳元に囁いた。 「お前が…生まれてくれて、良かった」 「……山陽」 「なぁに？」 「離せ…」 「……東海道ちゃん、つれない〜」 「冗談を言っている場合じゃない！遅れるぞ！」 「え？あ。マジ……うわ〜」 見れば、もう支度をしないと、朝のミーティングに遅れる。 「解ったら、腕を解けっ」 いつもの調子に戻った東海道が、山陽を睨み付けた。 「あ、りょ、了解〜」 そして、二人あわただしく、朝の支度をするのだった。 |
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調べたよ〜。見つけたときは、小躍りしたよ。 |