ポートレイト

＊

「横須賀。横濱に行くぞ」
　いきなり、接続駅の大船で言われて、横須賀は目を瞬かせた。
「え、っと。今からか？」
　そう言うのがやっとだった。

　まあ、運行は職員が見るから大丈夫だと言われ、本線である官鉄が言うのだから、横須賀支線には、拒否する理由はない。そのまま官鉄に乗って、横濱まで行く。この駅で、官鉄はスイッチバックで品川方面に向かうのだ。
　華麗な横浜駅を降り、官鉄が寄る所があるというので付いていくと、駅舎で荷物を受け取っていた。
「これはお前のだ」
　そう言って渡された荷物は、大きな包み。同じ様な物を、官鉄も持っていた。
　そのまま、横須賀支線は官鉄に促され人力車に乗る。遠いのかと思いきや、程なく目的地に着いたようで、横須賀支線は拍子抜けをした。

「お前が居るから、歩いても良かったんだが…」
　それは、横須賀が用心棒になると言うことだろうか。横濱駅から外国人居留地方面へ少し行ったところ。人力車の止まった場所は、写真館だった。

「写真…を、撮るのか？」
　腰が引けたように聞く横須賀支線に、官鉄は笑いかけた。
「お前は…初めてだったか」
「あ、ああ。その…魂…抜かれるって…」
　横須賀支線の言葉に、官鉄は笑う。
「それなら、俺はとっくに抜かれているよ。大丈夫だ、迷信だ」
「そ、そうか」
　官鉄の言葉なら、無条件に信じる横須賀支線だ。しかも、迷い無くきっぱり言われて、横須賀支線は明るい顔になった。それに、官鉄と一緒に写真に収まるというのは、ちょっとうれしい。

　持たされた包みの中には、新しい制服が入っていた。これは儀礼用の冬服だ。
「先日、鉄道局からお前の分も出来たと連絡が来てな。折角だから、一緒に撮ろうと思って……」
「官鉄は、その服で撮ったことがあるのか？」
　写真館の一室を借り着替えながら、横須賀は聞いた。
「何度かな。出来た年とか、その後、何年目かの節目にな」
「いいな、それ欲しい！」
　横須賀支線が目を輝かせた。
「…残念だが、アレはそれぞれ、もう一枚しかないんだ。今日、二人で撮るから、それで我慢しろ」
「…じゃあ、官鉄だけで写真撮れよ。俺…それもらうから…」
「……お前も、単独で撮るんだぞ？」
「それは、官鉄にやるよ」
　横須賀支線の言いように、官鉄は笑った。
　二区線が『自分の言うことしか聞かない犬は、かわいいよね』と、揶揄っていたが、勝手に言っていればいいと思う。大体、時々言うことは聞かないし、馬鹿なことはしでかすし。
「おー、ピッタリだ」
　七五三の晴れ着を着てはしゃいでいる子供のようで、官鉄は微笑ましく思いながらも、困った表情をしてみる。
「ほら、撮るぞ…」
　店主に声を掛けられた官鉄は、横須賀支線の腕を取り、背景の前に立つ。
「どんな顔すればいいんだ？」
「何時も通りでいい」
　そう言われて、相変わらずのコワモテの表情で、横須賀支線は官鉄の隣に立った。

END

明治の風俗が、よく解ってないので、変なところはご勘弁(^_^;

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