栄光

＊

「どちらかを、選びたまえ」
　そう言われて、目蒲線は一瞬困惑した表情を見せた。

　田園調布と多摩川駅を地下化する。それが終わったら、目蒲線は目黒線と多摩川線に分離される。
　だが、自分にそのどちらかを選べと言うのは、解せなかった。
「あの…生まれては、いないのですか？」
　新線が出来れば、大概それを担う者が、生まれる。てっきり、そうだと思っていたと、目の前の上司も同意した。
「つまり…私が決めなければ、もう片方も…生まれない…と」
　目蒲線は暗澹たる気持ちになる。

　自分が分離される。そして、それぞれの路線に名前がつく以上、自分が全てを担うことが出来ない。解っていたことだった。だがそれは、自然に“誰か”が生まれて、自分は“それでない方”になるのだと、漠然と思っていた。いや、考えたくなかったのか。
　流されるのは、本意でない。欲しい物は、自分で勝ち取る、作り出す。それが、東急の会社理念だと思っている。だが、どちらも自分なのだ。選ぶことなど出来ない。

「どうする？多分今のうちだ」
　このままズルズルと決めなければ、二つの路線共に“何か”が生まれて、自分は現役から退くことも考えられる。それは、避けたい。
　目蒲線は考えた。
　目黒線になれば、伝統の田園調布駅を通れる。何より、自分の存在は、かの高級住宅地があってこそだ。その為に作られた。この大東急の、母体ともなる路線。それが、こうなることなど、誰が予想しただろう。
　だが、蒲田にも愛着はある。あの軽い池上線と、別れるのも辛い。
　東横線は、なんと言うだろうか。多摩川線になっても、接続はする。だが、彼と併走する魅力は、捨てがたかった。

「…私は…」
　一旦帰ってからなど、無駄だ。どうせ、帰って熟考したところで、変わらない。だから、今ここで、決めるべきなのだ。
「私は…」
　人には解らないだろう。身を引きちぎられる感覚。どちらも、自分なのだから。

　そして、目蒲線は、一つの路線の名を、口の端に乗せた。

END

目蒲線、好きだった

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