こどもの領分

＊

「何じゃ、その格好は…」
　その姿を見た時、こどもの国線は、不覚にも、己を偽るのを忘れた。『しまった』と言う顔も、相手は見ただろう。
「はじめまして。こどもの国線…先輩」
　『はじめましてではない』と言う、突っ込みは意味がない。もうすべてを解った様な顔で、みなとみらい線は手を差し出し、こどもの国と握手をした。
「すごい…頭ですねぇ」
　今更、子供の振りをしても無駄な気もしたが、一応ポーズで子供口調で言ってみた。
　こどもの国が言ったのは、みなとみらいの髪の色だった。
　青。鮮やかな、青。『まるでロックバンドかヘビメタか（表現が古いのは、仕方がない）の様だ』と、こどもの国が、これまた子供の口調で言えば、何を考えているか解らない様子のみなとみらい線は、少しだけ表情を崩す。
「大丈夫です。会議の時はきちんとしますよ」
　そう言えばみなとみらいは、“東急”の象徴である、眼鏡も掛けていなかった。まるで制服の一部のように、東急グループの連中は眼鏡をかけている。それも、わりと無骨な黒縁系。こどもの国も、それに倣うつもりで、伊達ではあるが掛けているのだ。
「それと、私の前では、取り繕わなくていいですよ」
「何の話？」
　かわいく、小首を傾げるような仕草で訊いてみたが、みなとみらいは解っているようで、すこしあきれた表情をしている。
「大体、私が子供の姿の時に、会ったじゃないですか。その時は…」
　そう言われて、こどもの国は何年か前のことを思い出す。“君と同じ横浜高速鉄道だ”と言われ、紹介された。
「こんな、子供じみた偽装は、なさらなかったのに…」
「だからと言って、本性を出したつもりはなかったがな」
　今度はポーズをつけずに、普通に返す。結局、子供の振りをするのは、やめた。
「解るんですよ。本当の子供と…ただの振りと…あの当時は…自分も子供でしたから…」
「そりゃ…迂闊だったな」
　もう、本来のしゃべりに戻したこどもの国線に、みなとみらい線は微笑んだ。そう、形は子供のくせに、中身は大人…いや、どころか老人なこどもの国線。その真実を、みなとみらいは割合早く気が付いていたという。元、爆薬庫とを繋ぐ軍事路線。中身がジジイだと言われても、納得する過去だ。
「それも、処世術ですか？」
　こどもの国線は、第三セクター路線扱いでありながら、東急グループの一員になっている。運営も何もかもが、東急に依存しているから。そしてみなとみらい線も、同じ運行形態になるのだ。だから、正確に言うと、自分達二人だけが、同じ所属の“仲間”なのだ。
「東急の連中は、ワシが老成していることを、歓迎はしないじゃろうからな」
「……まあ、そうでしょうね」
　みなとみらいは、同意した。あの、栄光の大東急。戦後解体されたとはいえ、彼らのプライドは、高い上にやっかいだ。
「と言うことは、あちらには内緒だと…」
「……」
　何か含んだ言い方に、こどもの国は警戒した。
「ばらされると、困りますよねぇ？」
「脅す気か？こんな事、大したネタにはならんぞ」
「事の大小ではありません。それを、貴方がいやがるかどうかが、問題ですから」
「…別に、構わんと言ったら、どうする？」
「おや、困りましたねぇ。これで、取り引きできると思ったのに」
「やはり、脅す気だったのではないか」
「…そう言うことになりますか」
　隠す気もないみなとみらいの言葉に、こどもの国線は軽いため息をつく。
「…要求は、何じゃ？」
「おや、聞いていただけるので？ありがたいなぁ」
「聞くだけかもしれんぞ？」
　絶対に、子供ではない表情で、こどもの国線がみなとみらいを見た。それを軽く受け流すなど、さすがの大物だ。
「欲しいモノがあるんです。貴方のお力で…」
「…ワシに、大した力なぞないぞ」
　こどもの国は、解っていた。多分、自分はこの男の要求を聞くであろう事を。彼の欲しいモノがなんなのか、その時は見当も付かなかったのだが。

＊

「これでいいか？」
　後日。わざわざ横浜のホテルの部屋を取って、二人は会った。それ程に、みなとみらいの要求したモノは、外聞をはばかる代物だったので。
「ありごとうございます！さすが、先輩。言ってみるものですねぇ」
　二人の間のテーブルには、H＆KのP7…すなわち拳銃が置かれていた。あの会話の後、みなとみらいは、こどもの国に拳銃が欲しいと言った。『戦前は、あなた方も携帯してましたよね』と言われ、今は時代が違うと返せば、『私の路線の周りは、そういうわけでもなさそうでしてね』と、やけに真剣な表情で返されたのだ。

「使い方…わかるか？」
「大丈夫です。ネットで学習済みです」
「……」
　こう言う所は、現代っ子だ。
「…どうやって手に入れたか、聞かんのか？」
「…聞いて欲しいですか？興味はありますが、聞いても仕方がないですし、むしろ、聞かないのがマナーかなと…」
「なるほど。因みにそれは、儂からの、開通祝いだ」
　随分と、物騒な開通祝いもあったものだが、つまり、みなとみらいに弱みを握られたから、調達したのではない…と、言うことにしたいのか。
「まあ、こちらは…物騒だからな」
　視線を外し、こどもの国線がつぶやく。あの後、みなとみらいが続けて言った言葉。

　横浜は危ない。
　横浜で見た国鉄の連中。確かに、何かあったときに血を見ることになりそうだと、こどもの国線も思った。一番穏やかそうな京浜東北線が、一番危ない。分かりやすく危なそうな横須賀線は、まあ、殴り合いか、刀を持ち出すくらいだろうが。
　そして、東海道本線。昔から思ったら、穏やかになったものだが、やはり彼がその気になれば、戦争の一つでもすぐに起きそうだ。みなとみらいが、それを本能的に感じ取ったのか、昔を『調べた』からなのかは、解らないが。
　そして、それを叶えてやった自分も、案外“子供”には、甘いのだと苦笑した。

「で、今度はその格好か…」
　あきれたように、こどもの国がみなとみらいをしみじみと観察する。あの、青い髪に加え、今度は白スーツ。目立つなと言ったところで、ききはしないだろうが。
「やっと、仕上がったんです。よかったら、お揃いで作りませんか？」
「いらん。そんなモノを着たら、本当に…」
　『七五三の様ではないか』と、忌々しげにつぶやいたこどもの国を、みなとみらいは笑った。

END

拳銃は、小田急さんから手に入れてたら、ちょっと萌える。

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