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旅の空…から
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「何だ？」 上から流れるアナウンスに、東海道が気が付き、反応した。 ここは羽田。空港の待合室だった。 誰が決めたか（多分、東海道本線だ）東の夏の研修が、南の島に決まった。鉄道がないのに何を見に行くんだ？と、暑いのが嫌いな京浜東北は、決まってからぶつぶつ文句を言っていたが、高崎などはすっかり乗り気だった。そして東の大所帯は、修学旅行の学生のように、楽しそうに待合室で自分たちの便を待っていた。その時だった。 「…俺たちの、乗る便かな？」 あまり、こう言うことに興味のなさそうな横須賀は、東海道が黙ったので、珍しく注意をむけた。 女性の声で流れる、アナウンス。自分たちの便名が呼ばれ、何人かは気がつき注意を向けた。そのうち、語られる内容が、雲行きの怪しい物になる。 「…満席以上？オーバーブッキングか…」 「航空は、これだから…」 冷ややかに宇都宮が言う。要は、オーバーブッキングなので、次の便に搭乗を振り替えてくれる人を募集するという内容だった。 飛行機は、定員以上だからと言って、鉄道のように立っていろとは言えない。定員オーバーになれば、飛ぶことは出来ないのだから。 他の連中も『知らない…』と言う感じでスルーしていた。しかし…。 『なお、この便の搭乗をご辞退していただいた方には…』 「……え？」 更に続く言葉に、一同が動きを止める。ついスピーカーのある方に、視線が行った。 「一万円…」 アナウンスの言葉を、無意識に繰り返す。なんと、この便の搭乗を辞退してくれた方には、一万円か、相応のポイントをくれるというのだ。 「…マジ？一万円」 そう、反芻したのは、いつも金欠な高崎だった。 「ちょっと、高崎…」 心が揺れているのを察知した宇都宮が、たしなめる。 「だ、だって…」 そう言って、高崎は時刻表を見つめる。次の便に乗れば、それでも今日中に、目的地に着く。 「俺…少し遅れて…」 「高崎…」 宇都宮が、地を這うような声で、名前を呼ぶ。 「だったら、僕が…」 この旅行に行きたくない宇都宮が、言い出す。 「駄目だよ。君はそのまま、来ない気だろう？」 側にいた京浜東北がたしなめた。というか、できるなら自分が行きたくない。できるなら…。 が、そんな言い合いをしている中、いきなり東海道が立ち上がる。 「ちょ…東海道？」 見上げた京浜東北の、声がひきつる。第一、この研修旅行を一番楽しみにしていたのは、彼ではないのか。 「え？お前行くの？なら俺も…」 当然、彼と一緒に居たがる横須賀も立ち上がった。 「だ、大体、僕たちは団体で取ってるんだから、無理に決まってるだろう！」 至極まともなことを、京浜東北が叫んだ。 「横須賀、お前も見に行くか？」 「え？見に…？」 東海道の言葉に、横須賀は釈然としない表情で東海道の後に付いていく。怒ったような京浜東北に東海道は目配せをして、ついでに手招きをした。まあ、二人で払い戻して次の便で行くという訳ではなさそうなので、何のことか、自分も見に行こうと、京浜東北もその場を離れる。 「あ、俺も…」 「高崎…」 未だ、不機嫌な声音で、宇都宮は高崎に声を掛け、行くなと言う。 「あれは、何が起こってるか、見に行っただけだし、実の所、Jrは、知ってるよ」 「お前も知ってるのか？」 「…一応ね」 すました表情の宇都宮は、そっと高崎の服を引っ張った。 「座りなよ。教えてあげるから。何も、Jrに付いていくことはないだろう？」 にっこり…と作り笑顔で宇都宮は言い、高崎を座らせた。実際、高崎にしても、これほどあからさまに、宇都宮が“ここに居ろ”と言うのを振り切ってまで、横浜組に付いていくこともない。そのままもう一度、座り直した。
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「って、何だよ。もう、すごく並んでるじゃんか。あいつら全部、キャンセル希望か？」 件の場所に行ってみれば、すでに何人もが並んでいた。募集枠は五人だとアナウンスしていたので、全ての人が、払い戻しにはならないだろう。 「案の定、リタイヤした夫婦が多いな」 解っているように、東海道がつぶやく。そこから彼の“解説”が、始まった。 「最近、航空ではオーバーブッキングが多いらしくて、こういう風に、辞退者を募るんだ。結構条件がいいから、それなりに集まるらしい。これは、中央から地方に行く便だからな。例えば地方から、こっちの子供の家に遊びに来て、帰るなんてのは、一便遅れたって、どうという事もないから、そう言う夫婦か、余裕を持って前日入りする人…かな。これが逆に、中央に戻ってくる便だと、ちょっと遅れてもいい出張帰りのサラリーマンが多い」 「って、君、何でそんな事知ってるんだよ」 彼の兄貴ならともかく、鉄道である自分達は、航空に関してそれほどの知識はない。まあ、同じ東管内でも、高速鉄道達は、航空の同行に敏感にならざるを得ないが、在来である自分達は、あまり関係はない。 「あれじゃねーの。最近東海道…よく羽田に行ってるから…」 「…何しに？」 なるほど。時々仕事をこちらに丸投げするのは、そういうことだったのか…と睨めば、東海道は東海道で、ばらした横須賀を睨んでいた。 「羽田延長線…」 東海道はむっとして答える。 「ああ、そうか…」 これから外国人客を大勢受け入れるという政府の方針に、私鉄各社も羽田や成田へのアクセスを、色々計画をしていて、ＪＲとしても、無視するわけには行かないのだ。既にある貨物線を利用して、独自のアクセス線を作るという計画が持ち上がった。そしてそれは、東海道本線に乗り入れると、もっぱらの噂だ。 「だからって、こんなモノを観察しに羽田にしょっちゅう来てるのかい？」 あきれたように京浜東北が言う。 「航空が、あわててる姿を見るのも、楽しいだろう？」 東海道は悪びれる様子もなく、にやりと笑った。 「…ははは」 横須賀は笑い、京浜東北は渋い顔をした。
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「って、そんな事があるのかよ。航空は大変だなぁ」 こちらは待合室で、高崎に説明をしている宇都宮がいた。 「まあ…上官達がオーバーブッキングって話も、聞かないからね」 「キャンセルがあっても、そのまま次に売っちまうからな」 こう言う所は、途中の乗降がある鉄道ならではか。 「東海道は、ミーハーだよね」 宇都宮の言葉に、高崎は同意した。 「ねぇねぇ、ミーハーってどういう意味？」 「スマホで調べなさい、昭和後半生まれが」 無邪気に聞いてくる埼京を、宇都宮が邪険にあしらう。 「って、羽田までの線が出来たら、東海道にも乗り入れるって話…だろ？」 高崎が、ちょっと同情をにじませた声で言う。そう言いながらも、自分達だって東海道に乗り入れるのだ。 「りんかいも、繋がるんだよね！」 相変わらずＫＹで、勝手なことを言う埼京を、今度は武蔵野が冷たい目で睨む。 「…おい、成田しらねぇか」 そんな話をしているときに、突然総武が話しかけてきた。 「成田？ああ、あの……」 『あの』何だと続ける気だったのか。あまり彼らとはなじみのない常磐が、珍しく反応した。 「さっき…どっかに駆けていった。トイレじゃねぇの？」 「トイレに行くときは、誰かに申告してからだ。野郎、団体行動を乱しやがって！」 総武の後ろに控えていた東金が、熱く拳を握る。 「こんな所で、喧嘩しないでね。するなら、向こうでしてよね」 うっすらと笑いを浮かべた宇都宮が、冷たい声音で言う。さすがに本線の迫力に負けたのか、千葉勢は静かになった。 「本当に、どこに行きやがったんだ…」 もう一度総武がつぶやき、辺りを見回した。
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「……ねぇ、東海道。あそこに…何か見たことあるのが、居るんだけど」 すごくいやそうに、京浜東北が指さす先には、ズラのずれた成田が払い戻しの列に並んでいた。 「何か、訳の分からない単語並べてるぞ。大丈夫か？総武の奴…呼ぶか？」 案外面倒見のいい横須賀が、そう言いながらちらりと東海道を見る。 「あれは…ただのマニアだなぁ」 成田の方に三人で近づきながら、東海道は笑う。 つまり、今回の代替便は、直行便が空いてなくて、乗り換えで向かう便だという。それがまた、マニアの心をくすぐるレアな飛行機だと言うことらしい。その内容を、航空機の型番で嬉々として話す成田を、胡散臭げな表情で横須賀が観察する。 「…東海道？」 未だ笑っている東海道を、京浜東北がちらりと見ると、彼は軽く頷く。それで全てを察した京浜東北も、にやりと笑った。 「大丈夫。僕が連れ戻すよ…」 そして在来のリーダーの表情になった京浜東北が、すごく怖い顔で、成田に近づいていった。 「オタクって…どこにでも居るんだなぁ」 いつも、その対象になっている横須賀は、彼にしてはらしくなく、ため息をついた。 「まあ、ああ言うのが居るから、俺たちも臨時収入があるわけで…」 多分、今年の秋のイベントを考え、東海道本線は楽しそうだった。、 （彼、いつからこんなに守銭奴になったんだっけ？）と、口には出さずに、やはりあきれた目で、戻ってきた京浜東北が見る。もちろん片手には、成田の襟首が捕まれていた。
ＥＮＤ
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ハイパーバケーション…で、きっと羽田から飛行機に乗って、南の島に行ったであろう、東の連中達の…。 |
元ネタは、『安○紳○郎が語る 空港で人々を動揺させる館内放送と対処方法』
で、探してください。（○は適当な文字を入れてね）
タイトルは、相変わらず思いつかないから適当。