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キャンディー・クラッシュ
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「これは、魔法の薬だよ」どこかの“自称魔法使い”が言いそうな台詞と共に、目の前に置かれた瓶と、その持ち主の顔を、東海道本線は、まじまじと見比べてしまった。 透明な瓶の中には、大きなビー玉ほどの丸い飴。昔駄菓子屋で売っていた“ざらめ飴”の様なモノだ。オレンジ、黄色、赤……。どう見ても、綺麗な色とりどりの“ただの”飴だ。 「変なことを言ってると…思ってるかい？」 その様子に、当然その相手は茶化したように言う。 「…変というか、お前らしくないだろう？」 どこから突っ込んで良いか考えあぐね、まずはそこから指摘することにした。 「熱がある訳じゃ…ないよな？東北本線…」 東海道は、わざとそう呼んだ。首都圏で呼ばれている彼の愛称の“宇都宮線”でなく。 「熱はないけど、本気でもないよ」 「…なら良い。で、それは何なんだい？」 いつもの冗談だと知って、東海道は少しだけ肩の力を抜いた。あくまで少しだけ。このまま、質の悪い“冗談”に、化ける場合も多いので。 「これをなめると…忘れるそうだ」 「記憶を無くす薬ってやつか？また…ベタな…」 自分には、そういう物は必要ない。興味もない。忘れたい事など、ないからだ。 「…記憶…と言えば、言えるのかな。一番…大切な人を…忘れる薬」 「…何のための物だ？」 途端に、東海道は顔をしかめた。そんな物、何に使うのか。それが、宇都宮の戯れ言だと解っていても、つい聞いてしまった。 「使い道なら、色々あるだろ？ほら…恋敵に…食べさせるとか…」 「…お前には、そんなモノいないだろう」 東海道は、宇都宮の相方の顔を思い浮かべながら、あきれた声で言った。この二人は、どう見たって相思相愛だ。特にこの男は、解りづらいが高崎の事しか見ていない。そんなこと、周りはとっくに知っている。怖いから、指摘しないだけで。 「…うん。そうだね。でも…」 その、東海道の考えを知ってか知らずか、宇都宮は意味ありげな口調で話し始める。 「もし、相手がこれを食べて、忘れるのが…自分じゃなかったら？」 「……」 「一番愛しい相手を忘れて、二番か三番目か解らない、自分のことを好きになられて…それでも…君は良いかい？」 「…そんな馬鹿な事は、俺はしない」 言いたいことは解る。が、そもそもそんなことを言い出す辺りが、この男だ。東海道は、初めからそんなことを思いもしない。確かめようなどとも思わない。例え、その手段があっても…だ。 東海道の言葉に、宇都宮はふっと笑った。確かに彼は“始祖”であり、“正統なる本線”なのだ。 それをどう取ったのか、東海道は、つい余計なことを言い出す。 「…君だって、高崎に食べさせようなど…思わないだろう？」 既にこの“戯れ言”が、まるで真実のことのように語っていることを、二人とも失念していた。もしこの薬が本物だとしても、そんなことをしたら、後がとても面倒なのだが。 「僕は…高崎がもしこれを食べて、僕を忘れるなら…本望だ」 「……おい」 「そうなったら…僕は…」 「戻ったぜっ、東海道っ。ノド渇いた〜」 突然、二人の会話を遮るように、横須賀がドアを開けた。勿論彼には、東海道しか見えてない。 「お帰り、横須賀。飴でもなめるかい？」 脈絡のない、宇都宮の問いかけに、ポットからコーヒーを入れていた横須賀は、一瞬うさんくさそうな瞳で、宇都宮を見た。 「…宇都宮」 東海道も、少し困った声で、牽制をする。 が、東海道が本気でいやがらなかったからなのか、宇都宮がそんなことを言い出すのが、珍しいからか、横須賀はその瓶に手を伸ばしたのだ。単に、オレンジ色が、綺麗だったからかもしれない。 「おう、サンキュな…東海道のオレンジ〜」 うれしそうに、それを口の中に放り込む。 「おいっ」 「にゃに？にゃにゅか、まづゅかっあ？」 口の中に大きなあめ玉が入っているからか、横須賀の言葉は不明瞭だった。 「良いじゃない、東海道。どうせ、ただのお遊びだよ」 先程の、深刻な表情はどこかに消え、楽しそうに宇都宮が言う。東海道としては、それが冗談だと解っていても、一抹の不安があった。 「…本当に、大丈夫なのか？」 「東海道、どうした？何か…あるのか？」 気がつけば、しゃべれないのにじれたのか、横須賀は早々にあめ玉をかみ砕いてしまっていた。そして、明瞭な言葉で、東海道に聞く。 「いずれにせよ、すぐには効かないんじゃないの？」 「だから、これはただのあめ玉なんだろ？そんな効用が、本当にある訳ないよな？」 「さあ…どうかなぁ。丁度良かったじゃない。横須賀で試してみれば…」 いつもの、ひどく人の悪い笑みを浮かべた宇都宮を、東海道は困った顔で睨む。 「なぁ、効くとか、効かないとか…何の話だ？」 流石に、二人の不自然な会話に、その対象が自分と気がついたのか、横須賀は疑問をぶつけた。 「今君が食べたあめ玉は、魔法の薬だって事だよ」 「魔法？なに武蔵野の相方みたいな事言ってるんだ？そんなモノ、あるわけないだろう？」 あきれたように、横須賀が言う。これが普通の反応だろう。 「…そうだよな。ある訳がない。横須賀が…俺のことを忘れるなど…」 それは、薬の効能について言っているのか。それとも、もっと根源的な何かを言っているのか。それを聞いた宇都宮は、更に皮肉な笑みを、口元に浮かべた。 「すごいね。横須賀が…君のことを一番に思っていると…信じて疑わないわけだ」 揶揄する宇都宮の言葉に、噛みついたのは横須賀だった。 「何、馬鹿なこと言ってるんだぁ、宇都宮。東海道が一番なのは、当たり前だろ。東海道は…」 何か馬鹿なことを言い出しそうだったので、東海道はあわてて横須賀の口をふさいだ。 「あんだよ？東海道…」 「わかったから。ちょっと、こっちに来い…」 お座なりに宇都宮に挨拶をすると、東海道は横須賀の背中を押し、ドアの外にだした。もう今日は、東京には戻らないからよろしくと手を振る。後で、京浜東北が怒るだろうが、仕方がない。 「ああ…本当に……」 宇都宮は、目を細める。 自分にしか懐かない犬は、可愛いだろう。それが、自分に牙をむけるなど、東海道は考えたこともない筈だ。 「あの薬が、本物だったら…面白かったのにねぇ……」 意味ありげな台詞を、もう聞こえないであろう彼らに向けて、宇都宮はつぶやく。 「帰ったぜ…なあ、さっき東海道と横須賀が、揃って歩いてたけど…」 程なくドアが開いて、高崎が入ってきた。 「……お帰り、高崎。どうした？何か変だったの？」 今までの雰囲気など、みじんも感じさせず、宇都宮は戻ってきた高崎に、さわやかな笑顔を見せた。横須賀に言わせれば『笑顔の時が、一番怖い』となるのだろうが。 「いつも通りと言えば、いつも通りなんだけど…あ、それ何？」 自分の思い過ごしだったかと、高崎は話題を変えるように、宇都宮の机の上にあったガラス瓶を見つけた。それは、窓からの午後の光に映えて、きらきらとしていた。 「…いや、飴…だよ。ただの……」 その言葉が終わるか終わらないうちに、高崎はそれに手を伸ばす。そして、フタを開け、赤色の飴を取り出し、口に放り込む。 「うん。いちぎょあぢ〜」 こちらも、不明瞭な発音で、美味しそうに言う。どうやら、イチゴ味の飴だったらしい。 （ほら…やっぱり、あの犬とは…違う） オレンジの飴を『東海道だ』と言って、選んだ横須賀とは、違うのだ。 その表情に気づいた高崎が、宇都宮の方を向いた。 「なあ、あの二人が、どうかしたのか？」 先程見た、東海道と横須賀のことかと、高崎は聞いてみた。あの二人は何か急いでいたようで、自分に気がつかなかった。仲が良いのも、東海道が横須賀に小言を言っているのも、相変わらずではあったが。 「別に。忠犬だなぁ…と思っただけだよ」 「犬とか言うと、また、あいつ怒るぜ」 そう言って、高崎は笑った。
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「東海道？どうしたんだよ？」そのまま、東海道本線に連れ込まれ、彼曰く横浜に向かうというので、横須賀は素直に従った。が、横須賀としてはこの一連の行動の、説明は欲しいところだ。 「横須賀…あの後、何を言い出す気だったんだ？」 「え？ああ、東海道が一番って話か？」 横須賀は、にやりと笑う。 「そりゃあ、東海道は俺たちのお母さんだからな…」 「…俺は、お前を生んだ覚えはない」 「でも、育ててくれただろ？」 「…それは」 アレは成り行きだ。 まあ、横須賀に関しては、東海道が生んだと言っていいかもしれない。彼を作った予算は、元々は東海道のモノだったのだから。 あれを、軍部に押し切られる形で持って行かれたのは、腹が立った。そして生まれたのが、この馬鹿犬だったのも、少し、ほんの少し、腹が立ったが。軍部の思惑をよそに、横須賀本人は東海道に懐いてしまったので、そこは良しとすることにした。 「……ろくな事、考えないな…宇都宮は…」 東海道から、先程の顛末を聞いた横須賀は、そう言って、一刀両断した。まあ、横須賀には思いつかない思考だろう。 「後で、京葉の奴も、シメとかねぇとな」 魔法の薬と言えば、京葉だ。横須賀は、その脳天気な顔を思い出す。 「彼は関係ないし、千葉と揉めると、また面倒だから、やめておきなさい」 「…千葉なんかに、負けねぇぜ？」 「それも、やめろ…」 東海道の言葉と態度に、横須賀は大人しくなった。まあ、こうやって言うことを聞くのだから、あの薬は本当に冗談だったのだろう。東海道は、自分が案外に気にしていることに、驚く。思えば、人ならぬ身の自分達という存在を許すなら、魔法という名の呪術だって、あり得るのではないかと。 「なあ、やっぱり効くのは…数時間経ってからなのかな」 「……」 突然、終わりだと思った話を、横須賀が蒸し返し、東海道はぎょっとする。 「食ったモノは、すぐには栄養にならないって、昔お前言ったじゃんか…」 横須賀にしては、まともな事を言い出したモノだと、東海道はちょとだけ感心したが、問題はそこではない。 「消化して…薬が効くのって…」 そう言いながら、横須賀が考え込んだ。そんなに頭を使うと、また知恵熱が出るぞと、東海道は笑った。 「大体、薬なんて３０分か一時間もあれば効き始める。だから…アレは悪い冗談だ」 「冗談…なのか？宇都宮は…」 昔から、SSLで直通している横須賀は、文句を言いながらも、彼と結構話をするらしい。まあ、高崎とは昔から気が合うし、横須賀はよく連んでいるから、色々話を聞くのかもしれない。 「まあ、俺を実験台にするなんて、奴らしい…。本当に効いたら、どうする気だったんだろう」 「……まさか」 ああでも、高崎は単純だから、引っかかるかもしれないなと、東海道は笑って、そして気がついた。 「本当に……面倒くさい男だ…」 そう言うと、横須賀に向き直る。 「では、彼のご期待に、応えるとしようか…」 「……え？」 何のことか解らない横須賀の手を取り、東海道は横浜に降りた。
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「だってそれじゃ、共食いになっちまうじゃないか」何故オレンジにしなかったのかと聞いた宇都宮は、高崎の答えに、肩の力を抜く。 そうだ、高崎は単純だ。その単純な思考で、考えすぎな宇都宮の思いを、笑い飛ばす。 「……それ、飴じゃないんだ」 何かを企んでいる顔をして、宇都宮が言う。 高崎の動きが止まった。 「それ…馬鹿になる薬…ああ、高崎は今更だっけ…」 「おいっ」 そう言って、高崎は素早い動きで飴玉をつかみ、宇都宮の口に押し込んだ。 「…高崎ぃ」 その声から逃げるように、高崎は東京駅の執務室から、出て行く。 「今更…だよ高崎」 飴をかみ砕き、宇都宮は高崎の後を追った。
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「…東海…ど…ぅ」横浜に着くと、東海道は一本メールを打ち、そのまま横須賀と部屋になだれ込んだ。 鍵を掛け、横須賀に抱きついた東海道は、そのまま唇を合わす。余りのことにたまらず、横須賀は東海道を押し倒した。 「俺は…お前のこと…忘れたりしない…例え…忘れたとしても…」 程なく互いに、生まれたままの姿になった二人は、まだ夜は早いというのに、互いの熱を確かめ合う。その息の合間、横須賀が譫言のように言う。 「誰が…忘れる…って？」 あの薬を、例え嘘だと解っていても、使うことによって得るモノはあるらしい。 あんな事を聞けば、忘れたくない、忘れてはいけない誰かを、思うだろう。 何のために宇都宮が言い出したのかは、考えないことにしようと思った。実のところ、一番に思ったのは、横須賀ではなかった。忘れたくないと思った人は多く、それは、ずっと走ってきた年月への、比例なのだろう。勿論横須賀は、初めの方に思った一人ではある。 「忘れねぇけど…もし、そんなことがあったとしても、俺は…お前を見たら、すぐに…」 そして、横須賀だけを“番”と決めた昔を、東海道は思い出した。心から体を許せる相手。それは、誇り高い本線である自分にとって、驚きではあったのだが。 その感覚がよみがえり、そしてご無沙汰だったことも手伝って、今こうして二人で居る。ここまで、宇都宮が考えたとは思えないが。 「…すぐにまた、惚れるから…大丈夫だ」 「そうか」 東海道は笑う。最初に、彼に絆されて、体を許したのは、遠い昔だ。 確かに、横須賀は何度でも自分に惚れるだろう。 傲慢と言われてもいい。自分は、彼の本線なのだから。 横須賀は、また東海道にのしかかった。今日は、ずいぶんと機嫌が良いようなので、好きなだけやっても良さそうだ。横須賀は、ぺろりと舌で唇を舐めた。 そしてまた、東海道は横須賀に絆される。 ＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊ おまけ
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「痛いよ、横須賀っ」
東京駅の、遠く離れた京葉線のホームで、京葉を捕まえた横須賀は、拳を握る。「まだ、殴ってねぇ。とにかく余計な事するんじゃねぇ」 何のことだと聞かれて、昨日の宇都宮の飴玉のことを言う。 東海道はああ言ったが、朝高崎に聞けば、やはりあの飴玉は、京葉が用意したらしい。ただ高崎は、知っているくせにそれ以上のことを言わなかったので、横須賀自ら、京葉を問い詰めに出向いたのだ。 「えー、だってあれは、宇都宮が欲しいって言ったんだよ。僕の、魔法の国のおみやげ〜」 正確に言うと、そばのショッピングモールの物らしいが、そう言うことではない。 「……そうか。確かにそれじゃ、効くわけねぇな」 「え？効かなかったの？おかしいなぁ、成田におまじない頼んだのに…」 京葉の言葉に、横須賀は驚く。あの、成田線が一枚かんでいるのか。それは、確かにやばい代物だ。 「大体、何で忘れ薬なんだよ…ああいうのは…」 「え？僕が頼まれたのは、ほれ薬だよ」 「……ああ」 横須賀は納得した。ばかばかしい。だったらアレは、効いてるのだ。考えるまでもない。自分は、ほぼ東海道しか見てないのだから。 横須賀的には、どちらでも良かった。昨日、美味しい思いが出来たことには、変わりないので。 「あいつ…高崎に使ったのかな」 つぶやいた横須賀も、使っても使わなくても、結局結果は同じじゃないか…と思い、それ以上考えるのをやめた。 「さて、戻るかなぁ」 そう言って、今頃、京浜東北に怒られているであろう東海道の所に、横須賀は向かった。 |
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『大事な人を忘れちゃう』は、CCさくらのネタですね。
昔のジャンルで考えついたネタだったのですが、結局書かないまま終わってしまったので、使ってみました。ネタだけで、話の流れとかは、全然違うのですが。
あの後、きっと高崎と宇都宮も、いちゃいちゃしたんだと思います。