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【１】 ＊ その日は、とても穏やかな陽気だった。 朝歌に向け、西岐軍が進軍をしている途中だった。 関所を落とした後、皆の身体を休めると言う事で、今日は完全な休みにしようと、太公望が決めた。だから、そんな天気と相まって、皆が思い思いに、ゆっくりしていたときの事だ。 いつもなら会議とかがあるのだが、みんなが暇だった。太公望も、一人で木陰に座り、ボーっとしていた。 「…太公…望」 そこに天化が、彼の姿を見付け声をかけた。 「あっ、天化。何？」 いつもの笑顔を天化に向け、太公望が彼の名を呼ぶ。以前は、フルネームで、更に敬称まで付けていた事を思えば、格段の進歩だった。 「ん……一人か？」 「うん」 話しながら、天化はその隣に、ポスリと座った。 少しばかりどぎまぎして、太公望は回りを見まわしてしまった。 「何……してんだ？｣ こちらも、以前は少しばかり皮肉な表情を浮かべて、話しかけていたのが、今は、優しい、とても穏やかな顔で、太公望の名を呼ぶ。 「んー、いい天気だなって思って……さ」 「ああ。ここだけ見てると、ホント……平和だよな」 「……うん」 出会った頃、こんな風に穏やかな会話ができるとは、思わなかった。太公望は、しみじみその幸せをかみしめる。できる事なら、みんなと仲良くしたい彼は、しかしその思いが、天化に対しては特別だと、まだ気づいてなかったが。 「……僕は、このまま大将として……居ていいのかなぁ」 「こーら。まだ、そんな事を言ってんのかよ？俺はもう『認める』って言ったんだからな。その言葉を、信用しねぇのか？」 「そうだったね。ありがとう」 そんな会話を続けながら、天化は、さりげなく辺りを見回し、誰もいない事を、確かめる。そして、ゆっくりと、太公望の肩を抱き寄せた。 流れで、太公望がそのまま自分の方を向いたとき、やはりゆっくりと、天化が口付けた。 「……ん！……！？ん…は…う」 モガモガ……という感じで、太公望は抵抗する。 「何だよ。暴れるなよ」 口付けを楽しんでいた天化は、呆れながら唇を離し、太公望の両肩を、抱くようにする。 「いいじゃねーか。久しぶりなんだし……」 「よくないよ……こんな外で」 あわてる太公望をよそに、天化はその耳元に唇を寄せ、囁くように、口説きはじめた。 「外じゃなきゃ、いいのかよ？」 「そ、そんな事……」 両肩を抱かれ、しかも耳元で囁かれて、太公望は変な気分になってきた。 「宿営地に帰ってみろよ。ヨウセンとか親父とかがうるさくって、何もできやしねぇ。まだ、今ここでの方が、よっぽど静かで、邪魔されねぇ……」 そのうち天化の唇は、太公望の耳たぶに口付け、更に、耳の後ろに這わされた。 「ちょっ……天化…いや…だって…ぇ」 「何だよ。こんなにいい声、出してるくせに」 「あ……ちょ…」 天化の片腕が、太公望の細い両肩を抱き、空いた手が、その背中に降りて、愛撫する。 「耳まで真っ赤にして……言う台詞じゃねぇと、言っただろう？」 天化は、太公望の反応に気をよくし、更に大胆になっていった。 「兄上！何をしてるんですか？」 いきなりかけられた言葉に、天化は驚いて振り返る。その声の主は、誰あろう自分の弟の、天祥だった。 遠目に兄の事を見付け、駆け寄ってきたのだが、よく見ると、兄の側には太公望がいて、何かしていた。 いや、何かというより、兄の方が一方的に太公望に“何か”をしているようなので、つい、声をかけてしまったのだ。 確かに、兄の事は尊敬しているが、太公望殿に、何かと突っかかっている。だから、今も兄が、太公望に無体な事をしていたのではないかと、天祥は彼なりのカンで、そう思った。実際、当たらずとも、遠からずではあったが。 「……い、いや。何でもねぇよ。子供はあっち行ってな ｣ 「子供って……兄上！ひどいです！僕だって、みんなと一緒に戦って……」 「…あっ、いや。すまねぇ。そういう意味じゃなくてだなぁ｣ 勢いで、天祥に文句を言ってしまったものの、天化は弟の反応に、おろおろする。 「そうだよね。天祥は誰かさんと違って、一人で突っ込んで行かないし。本当に、よく……役に立つよねー｣ 天化からうまい具合に解放された太公望は、少しばかり、彼に憎まれ口をたたく。 「……何だって？てめぇ、何が言いたい？」 「別にーー。あっ、天祥、ありがとう。ホント、助かったよ｣ 「だから、助かったって、何だよ？」 「本当に。天化は見境ないからねー｣ 「あのなあ……」 「あのぉーー」 兄と太公望のやり取りを見ながら、天祥は頭の中に、たくさんの疑問符が沸いてきた。 確かに、兄と太公望は仲が悪い。 すぐに突っかかっていく兄に、いつも太公望が、シュンとしている。だがこれは、いつもと違うようだ。それに、太公望がこんな風に兄に言い返すのは、はじめて見た。 「あっ、ごめんごめん。何か用かい？」 どうしようかと言う顔をしていた天祥に、太公望は笑顔で問いかけた。 「い、いえ。ただ、お二人の姿が見えたもので。もし、お取り込み中なようなら……｣ 「取り込み中…と言えば、そうだったんだがな｣ 天化も、この年若い弟に、ホントの事を言える訳もなく、むくれた表情で言う。 「……それは、ごめんなさい」 「天祥、良いんだよ、気にしなくって。天化が……その、一方的に、取り込み中だったわけだし……｣ 「あのなぁ。どうしてそう、俺を悪者にするんだよ｣ 「だって……僕が嫌がってるのに……無理やり……」 「あのなあ、俺は……」 「二人とも、止めて下さい！」 また二人の口喧嘩が始まってしまったので、天祥は間に入って仲裁をする。 「あ……本当にごめんね、天祥。そうだね、もう、宿営地に戻ろうか｣ 「はい」 二人して歩いていく後姿を見ながら、天化は一人、ブツブツ言っていた。 「なんだよ。夜は夜で、会議とかで忙しくって、ゆっくりできねぇし……｣ 「天化！行くよ……！｣ くるりと後ろを向いた太公望が、天化に声をかけ、彼も仕方なく、走り出した。 テントに戻ったものの、天祥はすっきりしなかった。 「あの二人は……きっと何かあるんだ。でも……｣ どう考えても自分にはわからない。結論として、天祥は、軍の誰かに、相談しようと考え付いた。 「でも……父上には、言えないし」 兄の様子がおかしい等といったら、今度はもっと不毛な、親子喧嘩が始まってしまう。 「どうしよう……そうだ。ヨウセン殿なら…何とかしてくれるかもしれない｣ 天祥は、軍の中でもまともな、ヨウセンならいい知恵が借りられるかもしれないと、考え付いた。すぐに、彼の部屋に向かう。 だが、天祥のこの選択は、後々とんでもない事になるのだった。 |