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「ほら、もう、お戻り……｣ 風の穏やかな、夜だった。 崑崙山の頂上でそう相手に声をかけたのは、この仙界きってのプレイボーイ、玉鼎真人だった。 相手は、原始天尊付きの仙女だ。この崑崙では、竜吉公主ほどではないものの、結構美人の誉れが高い仙女である。 「あの……玉鼎様。今度、何時…？｣ 「近いうちに…必ず。また、こんな風に、星の美しい晩に……｣ 彼女の額に軽くキスをすると、早く帰る様に促す。 それでも、彼女が何度も振り返りながら、崑崙山を降りていくのを、辛抱強く笑顔で手を振りながら見送る辺りは、マメと言うものだろう。 玉鼎は、突如後ろの岩陰から声を掛けられ、驚いて振り返る。 そこには、岩に背をもたれて座っている、太乙真人の姿があった。 「……な…｣ 一瞬、あまりのことに、声が出なかった。ということは、彼は自分の逢引の様子を、ずっと見ていたのだろうか。 「言っとくけど、好きで覗いてたんじゃないからねー。言わせてもらえば、私の方が先客だったんだよ｣ 玉鼎の聞きたい事を察知したように、太乙は言い訳のような事を言う。 「今日は……あんまり星が綺麗だからさー｣ 「……で、何が言いたい？｣ 「やだなぁ。そんな怖い顔しないでよ。今のことをネタにどうこうなんて……思ってないからさ｣ 「……｣ そう言われたものの、玉鼎は不信そうな目で、太乙を見る。 「それとも、君がそんな風に思ってるんなら、一つくらい何かしてもらおうかなぁー｣ 「要求はなんだ？｣ 「……嘘だって。もう、そんな怖い顔、やめてってば……」 笑いながら太乙は、服の埃を払い立ちあがる。そして、まだ自分を見ている玉鼎を残して、崑崙山山頂を降りていった。 自分の洞府に帰った玉鼎は、誰とも無しに、そんな言葉をつぶやく。 逢引していたのも、問題と言えば問題だ。噂好きの崑崙の連中に知られたら、格好の餌食だ。だが、それ以上に問題なのは、その相手が、原始天尊付きの仙女だということだった。 原始天尊の側近に手を出したとあれば、色々とうるさい。 ましてや、責任を取れなどと言われたら、とても困る。 彼女は、確かに可愛いとは思うが、生涯の相手になどは決めたくない。いや、それが誰であっても、玉鼎は誰か1人に縛られるのなどは、絶対にイヤだった。 「何としても、太乙の口を塞がねば｣ 玉鼎は、結構怖い考えを口にした。さりとて、まさか本当に、太乙を亡き者にする訳には、いかない。 そうだ。太乙を、もっともっと、自分が彼に見られたより、すごいスキャンダルに巻き込めばいい。それをネタにして、彼の口を塞いでやろうと、考えた。 「とすると、何が良いかな｣ 色事にしか、関心のない玉鼎は、そのことしか頭になかった。 が、とにかく、その辺の美女とかでは、何である。 「そうだ。あの、雲中子と……事を起こしてやろう｣ こともあろうに玉鼎は、この崑崙で“変人”と呼ばれている雲中子と、太乙を噂にしようと、思いたった。 「まあ、雲中子には、泣いてもらおう。いや、案外、その気があるかもしれないし……｣ 勝手な事を考えながら、玉鼎は、細かい作戦を、立て始めた。 次の日。玉鼎は雲中子の洞府を訪ねた。 「おや、珍しい｣ 研究の手を止め、雲中子は振りかえる。 「私に何か、相談でも？｣ 「い……いや…｣ 一瞬人当たりの良さそうな笑顔で、雲中子は玉鼎を迎えた。が、彼がこんな風に機嫌がいい時は、碌な事を考えていない。玉鼎は、変な人体実験をされないうちに、用事を済ませてしまおうと考えた。 「実は……この、崑崙一の美女を……口説き落としたいのだが……｣ 「崑崙一の美女……竜吉の事か？やめておいた方がいいと思うぞ。そりゃあ、確かに君は、この崑崙でもプレイボーイとして名を馳せているが、彼女はそんな君を、あまり快く思っていないはずだし……｣ 彼にしては、まともな意見を言う。 「そこを、君の手で何とかしてくれ｣ 「……うーん｣ 「実は……｣ ここで、玉鼎は、昨日の晩考えた作戦を実行する事にした。 「明日の夜、彼女を崑崙山の頂上に、呼び出してあるのだ｣ 「……そこまでこぎ付けたのなら、後一押しじゃないか。私の出番はないね｣ 「それが……私の名前で、呼び出した訳ではなくてな…｣ 「……それは、ばれたら余計怒られるぞ｣ 「だから、ばれる前に、彼女に惚れ薬を仕込んでだな……。そういうのは、ないか？｣ 雲中子も変人だが、色事に関しては自分は完全な門外漢だと、思い知らされ、さらに呆れた。 「一歩間違えば、犯罪だぞ｣ 「そう悟られない様に、上手くやってくれないか？なんなら、上手く行ったあかつきには、君も一発やるかい？｣ 「…………いや。遠慮しておく｣ 溜息と共に、雲中子は辞退した。 「そう言うな。それとも、お前は、男の方がいいのかな？｣ 「……｣ そう言うと、雲中子はバツが悪そうに、黙ってしまった。それを見て、玉鼎は“おやっ”と思う。これは、案外正攻法で行った方が、いいのかもしれない。 「もしなんなら、お前の恋を成就させてやっても良いぞ。私の頼みと引き換えに……｣ 目的のためには、考えを柔軟にした方がいい。玉鼎は、頭の中ですばやく計算をし、別の方向に、話をもっていった。 「実は……｣ 玉鼎に促され、今度は、雲中子が決まり悪そうに口を開く。 「…太乙真人の…コトなのだ｣ 「……ほーう｣ 玉鼎は、心の中で小躍りして喜んだ。これ程話が上手く行くとは、思わなかった。 「彼は……案外モテルんだよ。他に狙ってる奴が、いっぱいいてね……｣ (…そうなのか？) 玉鼎は、はじめて聞く話に、内心驚いていた。太乙がもてるなどと言う話は、聞いた事がない。 玉鼎は、女性との色事に関しては、エキスパートだったが、そちらの方はさっぱりだった。今度からは、その手の情報の収集も、怠らないようにしようと、考えた。 「だから……既成事実を作ってしまおうと思うんだ。こんな事は、女性専門のプレイボーイの君にしか、頼めないからね。他の奴だと、涼しい顔をして、横からさらいかねないからねェ｣ 雲中子の話を聞きながら、玉鼎は有頂天だった。何と上手く、事が運ぶのだろう。これで太乙はこんな事にかまけて、玉鼎の色恋沙汰など、忘れてしまうだろう。 「わかった。それでは、私が手筈を整えよう｣ 「本当かい！玉鼎。恩にきるよ｣ 先程自分が相談されていた事など忘れたように、雲中子は喜んでいた。 「そうだ。じゃあ君には、この惚れ薬を上げよう。これは、お香になっていて、焚いて香りを嗅がせるだけでいい｣ 「ほーう。すまぬな｣ 結局、このアイテムはいらなくなってしまったが、後々、別の仙女に使ってもいいなと思い、玉鼎はありがたくもらっておく事にした。 「で……どうしたら良いかな｣ 「それなら心配無用だ。十二仙の同僚と言う事で、太乙を私の洞府に呼び出しておこう｣ 「そ…それは、ありがたいねえ｣ 雲中子は、玉鼎の手を取り、瞳を輝かせた。 「そうだな。では明日にでも……」 「いいのかい？君だって、竜吉公主との逢引が……」 「だから……ちょうどいいではないか。私はそっちに行くから、金霞堂は好きに使ってくれていい｣ 実際は、先程の事は全て出任せなのだが、まあ彼らを会わせたら、自分は裏からでもこっそり、様子を見ていようと思った。 「では……」 そう言って、玉鼎は、今度は雲中子の為に、計画を立て始めた。 次の日。伝言を白鶴に頼み、玉鼎は太乙を自分の洞府に誘い出す事に成功した。 「いや何。同じ十二仙として、ちょっと話があるのだ｣ 玉鼎は、口から出任せをいい、とりあえず太乙に椅子を勧め、お茶と桃のお菓子を振舞った。 「ありがとう」 嬉しそうに、太乙はお茶を飲み、お菓子に手を出す。 その笑みが、案外可愛くて、玉鼎はどきりとしてしまう。 「ところで……」 太乙がお菓子を食べ出したのを見て、玉鼎は慌てて、気になっていた話を切り出す。何しろ、その菓子には眠り薬が仕込んであるので、太乙が眠ってしまわぬうちに、ともかくも、自分の気になっていた事だけは、話をしてしまおうと、思ったのだ。 「先日……お前が見た事だが…」 「……先日？なんだっ…け……｣ 「…太乙？」 随分と早く薬が効いてしまい、太乙はテーブルの上に、つぶれてしまった。 「……忘れているようだな」 太乙が覚えていないというなら、それでいい。とりあえず、彼を寝室に運び、待機していた雲中子に、声をかける。 「おやおや。良く寝ているねェ」 雲中子は、太乙の頬を、ぷにぷにとつつく。それは、とても柔らかそうで、玉鼎は更なる発見をして、不思議な気分になった。 （なるほど。確かに…可愛いな） 玉鼎は、そんな事を考えている自分に、戸惑った。 「どうだ？いい眺めだろう？」 雲中子に言われて、玉鼎ははっとする。 「……そうだな。確かに…こうやって見ると、太乙は案外…綺麗だな｣ 偽らざる感想を、ボソリとつぶやく。 「おや。君もそう思うかい？それは……よかった｣ 「……？とにかく…」 雲中子の言葉の意味を計りかねたものの、事がここまで運べば、後はゆっくり見物するだけだ。玉鼎は、雲中子を残し、部屋を出ようとする。 「……まあまあ」 突然、雲中子に声をかけられ、腕を掴まれた。身構える間もなく、何かスプレーを、顔面に吹き付けられた。 「……！？」 程なく、意識が朦朧とし、玉鼎はその場にへたり込む。 「お楽しみは……これからだよ」 雲中子の声が遠くなり、パタンと扉の閉まる音がした。 玉鼎は、数秒で元に戻り、彼を追いかけるべく、扉に近寄った。 だが、寝室の扉は、びくともしない。 「雲中子！どういうつもりだ！｣ どうも、外から何かの封印をしてあるらしい。ノブさえも回らず、玉鼎は舌打ちをする。 「くそっ」 ドアを壊そうかとも思った時、足元に落ちていたメモを見つけた。 『数時間したら、開けて上げるから、それまで楽しみ給え』 そんな台詞が、書いてあった。 「……フム」 数時間したら開けてくれると言うなら、それでも言い。壊せばそれはそれで、面倒だ。 しかし、楽しめとは、どういう意味だろう。 いずれにしても、雲中子の気質を考えず、話に乗った自分がバカだった。 自分も彼を罠にかけるために、嘘をついたのだが、雲中子の方も嘘をついていたのだろうか。 今回は、彼の方が上手だったというコトで、玉鼎は案外あっさり、自分の負けを認めた。 「さてと……」 こうなれば、待つしかないので、仕方なく、部屋の中に戻る。 見れば、ベッドの中で太乙は、やすらかな寝息を立てていた。 「困ったな」 考えれば、太乙に仕込んだ眠り薬は、三十分ほどで目が覚めるようになっていたはずだ。そろそろ目覚めても、おかしくない。 このままでは、自分が彼を罠にかけたのが、ばれてしまう。 まあ、それはそうなのだが、目覚めた時に目の前に雲中子がいれば、状況は違う。自分は、何とでも言い訳が出来たものを。 「……」 もう一度、良く太乙の顔を見る。 先程雲中子とも話していたが、太乙は確かに綺麗だ。 ほっそりして、それでいてやわらかな頬を持った、輪郭。ちょっと凛々しい、綺麗な弧を描いた眉。睫も長くてとても綺麗だった。そして、高いが形の言い鼻梁に、何よりも、上品な赤い色をして、ちょっとふっくらとした唇は、口付けしたくなるように、誘っていた。 相手が男だと思っていて、今までそう言う目で見た事がなかったが、下手な仙女より、ずっと綺麗だ。 「…うーん」 太乙が寝言を言い、軽く寝返りを打ち、玉鼎はびっくりする。だが彼は、相変わらず安らかな寝息をたて、寝入っていた。 あまり彼と交流がない玉鼎は、太乙が結構いぎたないのを知らない。この状態になったら、なかなか起きないのだ。 「……太乙？」 小声で呼んで見る。近くで見ると、太乙は可愛くて、すごくいい匂いもする。 「……」 誘惑に負け、玉鼎はそっとその唇を指でなぞった。 滑らかで、柔らかい唇だった。 そのまま口付ける。 柔らかさと気持ち良さは、女性相手と変わらなかった。 掠めるようなキスの後、玉鼎はもう一度、今度は少し長めのキスを味わう。 それでも起きる気配のない太乙に、玉鼎はだんだんと大胆になっていった。 太乙に覆い被さり、もう一度口付けをし、その唇を頬から、首筋に移す。太乙の服をまさぐり、肩から胸をあらわにし、細く綺麗な鎖骨に、口付けた。 「……」 本当に滑らかで白い肌をしていると思った。胸にある蕾も、口に含みたくなるような、ピンク色をしている。 「う……ん」 もう一度太乙が寝言を言い、玉鼎が顔を上げると、太乙の瞳が、半開きになっていた。 「……な…に」 状況を理解出来ない太乙が、寝ぼけた声を出す。
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