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「何をするんだ！」 わかっていても、こんなお決まりの台詞を言うのが、今の太乙にはやっとだった。 まだ薬は効き始めたばかりらしく、また、雲中子は不安定な格好でキスしていたため、非力な太乙でも、満身の力を込めれば、雲中子を突き飛ばす事は出来たようだ。 そして、太乙に転がされた雲中子は、数メートル先に、無様にも尻餅をついた。 「イテテ。それは、こっちの台詞だねぇ。ひどいじゃないか……」 どちらにしても、研究者体質なので、これという体力はない。すぐには起き上がれないまま、のんびりした口調で文句を言う。 「……知らないよ。私は……帰るから…ね」 テーブルに捉まり、何とか立ちあがった太乙は、そう言い置いて、よろよろと歩き出す。 「無理だよ」 痛い尻をさすりながら、雲中子は立ちあがり、太乙とは比べ物にならない速さで、彼に追いついた。 「やだ！やめてよー！」 雲中子に、後ろから抱きつかれ、バランスを失った太乙は、その場に倒れた。その上に雲中子がのしかかり、太乙は身動きできない状態になった。 「どうして？私じゃ駄目かい？」 雲中子は太乙の片手を背中に回し、絞り上げる。痛さに太乙が悲鳴を上げた。 「き……君は仲間だけど……そんな気には…なれ…ない…よぉ」 太乙が情けない声を出したので、雲中子はその手を少しは緩めてくれた。何とかそれほど痛くはなくなったものの、動けない事に変わりはない。そして太乙は、彼の理不尽な要求には、断固として応じる気はなかった。 「まあ…確かに。燃燈道人は、カッコいいけどね」 太乙には構わず、雲中子は彼の服を脱がそうとする。そしてその傍ら、太乙の項を露わにし、そこにキスをする。 「やっ、やめ……て」 薬の所為か、雲中子の口付けは、太乙の身体に過敏な反応を起こさせた。 「彼が君を…真に悦ばす事が出来るとは……思えないんだけどねぇ」 「そ……そんな事は…止めてってばぁ」 のんびりした口調と動作で、太乙を好きにしようとする雲中子に、太乙はともかくも、抗議をする。だが口だけのそれで、彼がその行為を中断するわけはなく、もっともっと背中をあらわにされ、項から背骨に向かって、唇を這わされた。 「あ……ああっ」 確かに、太乙は先日、燃燈に初めてこういう感覚を教えられた。以前の彼なら、こんな事をされても、くすぐったいと言うだけだっただろうが、今は、相手がどう言うつもりでしているのか分かる。更に言えば、それに対する、自分の反応もそうだ。それは全て、燃燈が教えてくれたもの。そして、雲中子が言う通り、彼の与える刺激は、燃燈以上だった。 「や……やだぁ」 雲中子に弄られながら、太乙は自分の身体が熱くなるのを止める事が出来ない。それは何よりも、先程雲中子に飲まされた、薬の所為なのだが、今の太乙には、そんな所まで、頭が回らなかった。 「さっきの事だけど……」 太乙が、その刺激から逃れるように、いやいやと頭を振るのを、雲中子は楽しそうに観察する。口ではなんと言っても、既に太乙は感じてきているのだし、この状況なら、彼は自分の思いのままだ。 「崑崙中に、君達の事がばれてるなんて、嘘だよ。安心したまえ。君があんな事を言うから、ちょっと、カマを掛けてみただけなんだが……」 押さえていた太乙の手を膝で押さえなおし、雲中子はどこからか出したメスで、太乙の服の後ろに、切り目を入れる。 「まさか、そうなってるとはねぇ。あの真面目な彼が……ちょっと信じられないが、それだけ君が魅力的だったって事だねぇ」 雲中子はその白い背中に、今度は舌を這わせた。 太乙は、どうしていいか分からず、それでも快楽に溺れそうになる意識を保とうと、自由になる手の指に、歯を立てる。 だがそれは、漏れそうになる嬌声を押さえているようで、その姿もまた、雲中子を興奮させた。 「随分と、感じている様じゃないか」 さっきまで、太乙がばたつかせていた足も、今は何かに耐えるように、きつく伸ばしたままだった。その腿の内側に、雲中子は手を這わせる。 途端に、太乙がビクンと身体をのけぞらせた。 「安心したまえ。君が素直に私に抱かれてくれれば、この事は、二人の秘密だ。君と燃燈の事も、崑崙にも吹聴するような事はしないよ。それに……」 雲中子は、もっと太乙の服を切り裂き、あらわにした背中や肩口を丹念に愛撫する。 「この薬を口にしたら、他人に慰めてもらわなきゃ、どうにもならないよ。だから私が、すごい快楽を与えてあげよう。もう、燃燈の元になど、戻りたくなくなるような……ね」 確かに雲中子のテクニックは、先日の燃燈とは比べ物にならない。唇と舌を使い、更に、時々甘噛みをして、太乙に、うっとりするようなそして時には電流が走り抜ける快感を味あわせる。 「ほら……」 太乙が、自分の与える行為を享受していると感じた雲中子は、太乙と口付けをするべく、彼を仰向けにしようとした。 「いやー！」 その意図に気が付いた太乙は、気力を振り絞り、仰向けにされると同時に、雲中子に膝蹴りを食らわした。 「げふっ」 それは見事に、雲中子の急所に当たったらしい。彼は、変な悲鳴を上げて、太乙の横に、倒れてしまった。 「……う、雲中子？」 もしかして……と、心配になり、太乙は彼に声を掛けてみる。 「……う……」 うめいているので、とりあえず死んではいなさそうだ。といっても、このままでは、また自分の身が危ないので、太乙はその辺に転がっていたロープで、彼を縛り付けた。 と言っても、太乙も力が入る状態ではないので、とにかく自分が逃げるための、時間稼ぎにしかならなそうだが、今はこれでいい。 そして、うめいている雲中子を後にして、太乙は何とかその場から立ち去った。 やっとの思いで、雲中子の洞府から逃げ出した太乙は、待たせてあった黄巾力士に乗り込み、操縦をオートにして、自分の洞府へと急いだ。 「はぁ……はぁ。雲中子も……ひどいよー」 黄金力士の頭の部分にある操縦室で、太乙はまだ熱の冷めやらない身体をもてあまし、縁に掛けた手をきつく握った。 「どうしよう……」 雲中子に、中途半端に燃え上がらされた身体は、未だ奥で火がくすぶっている。 それでも、かなり速いスピードで移動する黄巾力士のおかげで、心地いい風が太乙の身体を、少しずつ鎮めていった。 「……そうか。冷やせばいいんだ」 至極当然な考えに行きついた太乙は、金光堂に到着すると、裏手にある井戸まで、よろよろと歩いていった。 そこには、非力な彼が、自分の為に作ったポンプが置いてあって、今の彼でも、ちょっとハンドルをひねるだけで、冷たい水が出てくるようになっていた。 「……はー」 手近にあった手水鉢に冷たい水をたたえ、それで顔を洗うと、かなりすっきりしてきた。 「……」 だが、一瞬の安堵の後、まだ身体の中の熱が冷めてない事に気が付く。 「……もう…いや」 今度は、もう少し大きめの桶に水を入れ、それを頭からかぶった。 「……あ……」 身体の表面は冷たくなり、確かに一瞬熱さは引くものの、それが過ぎると、さっき以上の熱が、身体の中から生まれるようだった。 それを打ち消すように、太乙は何度も水をかぶる。 「ど……どうしたら……」 ピチョン…と、蛇口から滴り落ちた水が、たらいの中で輪を作るのを見ながら、太乙は途方に暮れた。 水をかぶった一瞬は収まるものの、身体の奥に灯った火が、なかなか消えない。 何度か浴びた水の所為で、身体も服も、すっかり濡れそぼっている。髪の先からは、ぽたぽたと水が落ちた。 先程雲中子に切り裂かれた服が、太乙の肩口から背中をあらわにし、更に残った服が、濡れてその身体にぴったりと貼りついているため、とても色っぽい。 が、当の本人は、そんな事に構っている余裕などなく、どうしたらこの身体の熱を冷ませるのか、考えるのに必死だった。 「……そうだ。裏庭にある滝に行けば……」 思いつくと、太乙は何とか立ち上がり、やはりおぼつかない足取りで、歩き出した。 実は、金光堂の裏には、ちょっとした滝がある。 その水は、太乙がこっそりと、崑崙山の頂上に近いところから、引いて来たもので、そのため冷たく清らかな水が、小さな流れを作り、また彼の意匠で、それは小さな滝へと流れていた。 その下には、やはり小さな滝壷があり、そのまま小川となって、金光堂の裏庭に、流れを作っているのだった。 「あ、あそこに……少し浸っていれば……」 そんな事をすれば、自分の身体がどうなるかなど、そのときの太乙は、考えが及ばなかった。 滝に近づくと、辺りの空気がひんやりと感じられる。冷たい風が吹き、小さいながらも、水の音があたりに響く。 「冷た…い。でも、気持ち……いい」 滝壷の端から、身体を沈め、そのまま滝の方に近づく。上から落ちる、冷たいシャワーに、身を晒した。 少しばかりの痛みと、冷たさが、太乙を少しずつ正気にしたようだった。 「……どのくらい、入っていればいいのかなぁ」 いつもの調子を取り戻した太乙は、まいったなあ…と言う感じで、ため息を付いた。 「……え？……う…うそ……あ…ぁ」 なのに、少しすると、また太乙の身体が、疼き出した。 「え……や…いや…」 冷たい水で身体は冷えたものの、滝に当たる事で、別の感覚を刺激したらしい。冷めていく熱と身体の中に再び付けられた熱で、太乙は変になりそうだった。 「……どうすれば、いいんだよー」 とにかく滝から離れ、水に浸かったまま、滝壷の淵まで移動する。 思えば、雲中子から解毒剤でも奪ってくるべきだったのだろうが、あの時は、あそこから逃げ出すのが精一杯だった。 「こんなんじゃ……」 もしかしたら、こうやって水に浸かっている事も逆効果なんじゃないかと思い始めると、太乙の身体は、更に熱くなり始めた。 「そ、そうだ。仙桃エキスでも飲めば。とにかく、ここから出よう」 服がすっかり水を含んで、地上に上がるのもひと苦労だった。何とか立ち上がり、歩き出そうとするが、クラリと眩暈がして、またそこに、倒れてしまう。 「あ……あん」 本当は、どうしたらいいか、何となく分かってはいる。 自分自身で慰めればいいのだ。 しかし、そう言う事をした事がない太乙は、何となく抵抗があった。何より、自分には燃燈がいるのに、そんな事をするのが、とても惨めに思えたのだ。 「わかってる…。そんな場合じゃないって……」 意を決して、太乙は這うように、滝の脇の岩場の窪みに、辿り着いた。 ズボンの前を開け、ついでにうっとおしいので、脱いでしまった。そして下着から、すっかり勃ち上っている己のモノを引きずり出す。 「…あぁ」 少し触れただけで、恥ずかしさと快感が、走り抜ける。そして、思わず出してしまった自分のはしたない声を押さえようとして、太乙は口元を手で覆う。 だがその指は、太乙の意思に反して、ゆっくり唇をなぞり始めてしまった。 「…は……ん……ね…燃燈……」 無意識に、彼の名を呼ぶ。 それを合図にしたように、右手が自身を慰め始めた。 あの時、彼がしてくれた事を思い出しながら、左手を頬にすべらせ、耳からその後ろ……そして首筋へと移していく。 その間も、右手はやんわりと昂ぶりを包み、動かしていた。 「あ……あ、燃…燈ぉ」 呼んでも、彼が抱いてくれるわけではない。その事が、太乙に少しの寂しさと、罪悪感を感じさせた。 それでも左手が、あの時の燃燈と同じように、鎖骨を辿り、胸に近づくと、太乙は身体中が、しびれるような快感に包まれるのを感じた。 「あ……あふ……もっとぉ」 開けた唇の上を、自分の舌がいやらしく舐めるのも、もう意識の外だった。 そうして太乙は、自分を高みに、導いていく。 空は、そろそろ紅くなりはじめていた。 だが……。 「は……あ、あ……どうして……」 一度は、達したはずなのに、太乙の身体は、まだ熱いままだった。 先程。かすかな罪悪感も薄れていく中、太乙は何とか自分自身で、イク事が出来た。 まだ、荒い息を吐きながらも、手の中の己の欲望の証を、滝の水で洗い流した直後、まだ自分の中の熱が冷めたない事に、気が付く。 「そん……な」 愕然としながらも、身体の熱は増すばかりで、太乙はもうどうしていいかわからず、自分自身を抱きしめた。 「は……た、たすけてぇ、燃燈…師…叔」 熱い息の中、燃燈の名を呼ぶ。 そう言えば、雲中子が言っていた事を思い出した。彼の言う事が正しいとすれば、この熱は誰か“他人”に冷ましてもらわなければ、ダメと言うことだ。 「でも……」 でも、抱かれたいのは、燃燈だけだった。けれども、こんな風に薬で欲情している自分を、抱いてくれなどとは言えない。 後は、自分自身で、この身体が満足するまで、慰めるしかない。 「……そんなの…出来ない」 ポロポロと、涙がこぼれる。 辺りは、もう夕闇が押し寄せ、先程以上に、寒さが増して来た。 とにかく、いい加減家の中に戻った方がいい。 自分を押さえようと、太乙が涙を拭こうとした時、前方で、パキリと枝の折れる音がした。 （まっ、まさか、雲中子……） 太乙は、身体がこわばった。 続く
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