|
【２】 「あれ、玉鼎？…大…丈…夫……」 目の前の玉鼎が倒れてしまったので、太乙は心配して声をかける。が、その太乙も、身体が浮く様な感じがし、玉鼎と同じように、倒れそうになった。 「おい？……た…い」 それに気が付いて声をかけようとした赤精子も、太乙よりも先につぶれてしまった。 そして、その後ろには、雲中子が立っていた。 「……太乙。大丈夫かい？」 いかにもなわざとらしい調子で、雲中子は駆け寄り、太乙を抱き起こす。 「酔ったのかい？ちょっと、あちらで休むといい」 太乙は、雲中子の肩を借りながらも、立ち上がり、彼と一緒に歩いていった。 「……あれ？…太乙…？」 二人の様子に気が付いた道徳が、顔を上げた。 「あー、道徳、まだ大丈夫な様でちゅね。はい。もう一杯でちゅ」 目の前の道行に、また酒を注がれ、やはり酔っていた道徳は、そちらに気を取られてしまった。 他の者も、すっかり出来上がっていて、太乙と雲中子に気が付いた者は、いなかった。 「太乙。ここならゆっくり休めるよ」 雲中子は太乙を、桜の森の端の方に連れて行った。ここは、園の南側の方なので、既に桜は開ききり、下草の生えた地面の上に、さらに花びらが積もっていた。それはさながら、天然の絨毯だ。その上の木の根本に、雲中子は太乙を寄りかからせる。 「……うん」 朦朧としたまま、太乙は返事をする。 「水…持ってこようか？」 「……ん」 太乙は、まだはっきりとしない頭で、それでも何とか返事をしようという風に、声を出した。だがすぐに、木に背をもたせかけたまま、ずるずるとつぶれてしまった。 「はい……お水」 「う…ん」 まだ身体がふわふわとしていた太乙は、冷たいモノが口に注がれるのを感じ、少しだけ頭がはっきりする。 「……？あれ」 確かに、冷たい水の感覚は気持ちよかったが、太乙はそれ以外にも、何か柔らかいものが当たる感じがして、そんな声をだした。 「まだ、足りないかい？」 「……雲中子？」 何とか目をこじ開けると、目の前にいたのは雲中子だった。その手には、陶器のコップが握られ、冷たい水が入れられているのを物語るように、表面にうっすらと汗をかいていた。だが、先程自分の唇に触れたのは、断じてそのコップの硬い感触ではなかった。 「じゃあ、もう少し……」 にっこり微笑んだ雲中子は、その水を自分の口に含む。 「ちょっ！何考えてるんだよ！いいってばー、自分で飲むからっっ」 太乙は必死で、近づいてくる雲中子の顔を、手で押し戻した。 「やだなぁ」 雲中子は仕方なく、口に含んでいた水を、飲み込んだ。 「さっきは、あんなに気持ちよさそうに……」 意味ありげに笑う。 「私とキスしてたじゃないか」 「……×××っ！？」 声にならない叫びをあげる。酔っていた為に、たいした声にはならなかったが。 「いやー、仙界きっての純情仙人と言う噂の君が、あんなにキスが上手いとは思わなかったよ。今度は、そのかわいい舌も味わいたいなぁ。勿論、それ以外もね」 雲中子の言う事は、本当だった。先程、太乙に水を口移しで飲ませる時、ついでの様にキスをした。そして、太乙はそれに応えたのだ。 「どこで……覚えたんだい？」 まだ座ったままの太乙に、雲中子は迫る。右手を、太乙の後ろの木に付き、左手でそのあごを掴んだ。 「……あ…」 「玉鼎とも、赤精子とも……してないよね？なのに……どういうことかなぁ」 実際は違う。赤精子とはキスをした。軽く触れる程度だったが。もっとも、雲中子の言いたい事は、そんな事ではない。 「それが、連中と、あんなままごとの様なつきあいをするなんて、君には物足りなかろう？だから、私としないか？」 「い、いや……」 逃げようとした身体は、押さえられた。酔っている太乙は、逃げられない。 雲中子の唇が、近づいてきた。 「う……」 玉鼎は、うめきながらも何とか起きあがった。 「…雲中子の奴……」 玉鼎は、倒れたと言っても、うっすらとした意識の中、雲中子が太乙を連れ去るのを、見ていた。だが気力もそこまでで、その後、数分間意識を失っていたらしい。 「お、追わねば……」 木につかまり、立ち上がろうとする。 「おや、玉鼎真人。どうした？」 そこに突然掛けられた声は、今日は来ないと言っていた竜吉公主のモノだった。 「随分酔ったようだのう。もう少し早く来るのであった。ときに、太乙はどこじゃ？」 「…公主、お加減の方はもう？」 「何の事じゃ？わしはすこぶる調子はいいぞ。それに、太乙が主催のこんな楽しい飲み会に、出席せぬ手はなかろう。燃燈の奴、行くならわしを誘ってくれればよいのに…」 「……はあ」 玉鼎は、納得した。あまり姉に飲ませたくない燃燈が、彼女を連れて来なかったのだろう。 「…公主、頼みがある。詳しい事を話している暇はないのだが、太乙が雲中子に連れて行かれとようなのだ……」 「…おや」 「不覚にも、一服盛られてしまったらしい。あなたのお力で、解毒してもらえぬか？」 どうも、先程飲んだお酒が、原因のようだとは、玉鼎も気が付いていた。太乙が不審に思った通り、雲中子がこっそり、酒瓶の山の中に、紛れ込ませていたのだろう。きっと、雲中子が新しく合成でもした、強力なアルコールに違いない。公主の力を借りれば、アルコールの類なら、分解出来る。 「わかった。ところで…一つ相談なのだが……」 玉鼎は、公主のお付きである碧雲に、水を飲ませてもらいながら、公主の申し出を聞いていた。 「や……いやだって…あ、あんっ」 一方、雲中子の魔の手に掛かった太乙は、何とか彼の口付けから逃げようと暴れていた。二人は地面に倒れ込み、はっきり言って、かなり妖しい図になっていた。 こちらも、雲中子のお酒の所為で、すっかり酔ってしまっていた。太乙は、手足が自分の命令を無視するのを、悔しい思いで感じているしかなかった。 雲中子の薄い唇が、太乙のそれを覆い、噛みつく様にキスを続ける。はじめは逃げていた太乙は、いつしか体の中から、甘い感覚が生まれてきていた。 「ん……は…あん」 抗議の声が、甘い吐息に変わる。太乙は無意識のうちに、唇を薄くあけていた。それを雲中子は見逃すはずがなく、なま暖かい舌が、そこに滑り込む。 驚く間もなく、舌を嬲られ、そのまま吸われた。 雲中子が離れても、まだ、太乙は舌先どころか、身体までしびれるようだった。放心したまま、今まで自分にキスしていた彼を見つめる。 「確かに…こんな手段を取った事は…謝るよ。でも、私だって……君が好きなんだよ」 「……雲中子」 太乙の顔を見つめ、雲中子はその思いを告げる。自分は、太乙の『気の合う仲間』という、関係だった。だが本当は、彼を抱きたかったのだ。いつも太乙の側にいる玉鼎と赤精子を、少しうらやましい思いで見つめていた。 「こうでもしないと、君はいつまでも、私の想いには、気づいてくれそうになかったし……玉鼎達と、あんな風につきあっているなら……」 なのに、彼らは、お互いに牽制していて、それ以上の仲ではないという感じだ。今なら、自分の思いを遂げるチャンスだ。 「私が、入り込む余地くらい……あるだろう？」 雲中子は、太乙を抱きしめる。 雲中子の瞳は、真剣だった。それを見て、太乙は先日の赤精子の事を、思い出した。拒むのをはばかれる様な、強い思い。 雲中子の事は、嫌いではない。だが、こんな事を、考えた事はなかった。いや、考えない様にしていた。 こんな感情を、自分は持ってはいけないと、心に誓っていたから。それでも、先日赤精子に打ち明けられて、心が揺らいでいる自分を、太乙は自覚していた。だからこそ、また、こんな風に告白されて、やはり無下に断る事など、出来ないのだ。 「だから。……ね。いいよね？」 「……そ、それは……」 かといって、こんな風に正面きって聞かれても、太乙は即答も出来ない。何より、自分が本当に好きなのは……。 だが、雲中子は太乙の返事を待たず、首筋を愛撫し始めた。 「雲中子！あ、あの……やっぱり……」 今度は、雲中子は太乙の言葉を無視し、自らの思いを遂げる為に、大胆に行動し始めた。 太乙の方は、さっきのキスで、身体の奥に火が点いたようになっていたため、彼の愛撫に、身体が応え、それに耐える様に体を固くしていた。 「太乙。かわいいねぇ。そんなに、緊張しなくていいんだよー。やっぱり、根は純情なんだねー」 雲中子は、太乙とやれるうれしさで、満面の笑みを浮かべ、彼のあちこちを、撫でさする。 そして、片方の手で器用に太乙のプロテクターを外した。 「へー、君って、素肌の上に…着てるんだ。いいねぇ」 太乙の上着は、この季節もあるのだが、素肌の上に直接かぶっているので、その薄い胸の上で尖っている乳首が、薄い生地を通してはっきりと形になっている。そこを、雲中子の爪が弾く。 「ああっ！だ…め…。そんな所……やぁ…」 太乙が感じているのを確認すると、雲中子はそのまま、何度もその周辺を撫で、爪でいじくり、さらに硬く変化をさせる。空いたもう一方の手で、太乙の太股や、腰の辺りをなでさすった。 「太乙、君は…こんなに感じているのに。あいつらじゃ、君にこんないい思いはさせられないと思うよ」 「……あぁ……や、やめて…」 一度は、その想いを受け入れてもいいとさえ思ったのに、やはりこんな風に愛撫されると、太乙の身体は逃げ腰になった。 そんな彼には動ぜず、雲中子は太乙の服を、本格的に脱がしにかかる。 「私は……」 太乙の瞳から、涙がこぼれた。 こんな状況になって、やっと自分の気持ちに気が付いた。 自分が、本当に好きなのは……。 「いたか？」 「いえ。まだ……」 その頃。玉鼎と公主は、太乙を捜して、桜の森中を飛び回っていた。二人は一度、宴会会場に戻ってきていた。 「……どうしたんでちゅか？」 それを見ていた道行が、声を掛ける。 「太乙を…見なかったか？」 「うーん。そう言えば、いないでちゅねぇ」 「……太乙なら…」 それまで、側で寝ていた道徳が、いきなりむくりと起きあがり、うつろな目をしながら、口を開いた。 「さっき、あっちの方に…雲中子と…歩いていった…気が…する」 「……！そうか。道徳、助かった」 「……うん」 その言葉と共に、道徳はまたつぶれてしまった。 「こっちだ！」 道行が、何の事か理解出来ないでいるのを放って置いて、玉鼎は走り出した。その後を、公主が追いかけていく。 「いた！」 桜の森の南に着くと、いち早く、玉鼎が雲中子と太乙を見つけた。 空はすっかり暮れていて、月明かりの中二人の陰がおぼろげに見えたいた。 「……う、雲中子の奴…！」 見ると、雲中子と太乙がなにやら親密そうに密着している。頭に血が上った玉鼎は、そこへ飛び出そうとした。 「玉鼎、待て！」 だが、いきなり竜吉公主が玉鼎を止めた。 「公主？」 「玉鼎、待つのじゃ……あの二人は…もしかして……出来てるのではないか？」 「……なっ」 玉鼎は、硬直する。 【３】へ |