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【１】 「はい、赤精子、お土産」 いつものかわいい笑顔を見せながら、太乙は彼の元を訪れた。 時折、冷たい風が吹く、五月の午後。 手みやげは、先日下界で手に入れた新茶だ。ちょっと東の島国に行って手に入れたもので、細い針状に形作られた茶葉は、新鮮ないい香りを放っていた。 「へー。すまねぇな。太乙」 いつもは皮肉屋の彼も、太乙の前ではストレートな表情を見せる。 「このお茶、入れ方特殊だから、私が入れるね」 赤精子の言葉に、いつものかわいい笑みを見せ、太乙は台所に向かった。 「はい」 普段より、かなり低い温度で入れられたそれは、他の緑茶よりも、ずっと濃い色をしていた。そして、香りもさることながら、口に含むと、甘く濃厚な味が、広がった。 「たまには、こういうのもいいでしょ？」 雲中子が飲む様子を見ていた太乙も、自分の口にそれを運ぶ。 「ああ。いつもすまねぇな」 先日。この目の前の、赤精子の思い人は、同じ十二仙の玉鼎とくっついてしまった。玉鼎とは“紳士協定”を結んでいたのだが、太乙自身が、自分の気持ちに気が付き、それが、玉鼎の方を向いていたのだから、いかんともしがたかった。 「…あのね、赤精子」 そんな、ちょっとばかり寂しい思いを抱きながら、自分の用意した、干菓子に、赤精子が手を伸ばした時だった。改まった様子で、太乙が切り出す。 「ごめんね。私、きちんと君に、謝ってなかったね」 「太乙……」 「せっかくの君の告白を、あんな形で……」 「太乙。ストップ」 赤精子は、持っていた和三盆を、太乙の口にくわえさせ、笑って見せた。 「そんな事は、もういいって。お前が幸せなら、俺はうれしいよ」 「…赤精子」 「それに、俺はまだ諦めちゃいねぇからな。言ったろ。玉鼎に飽きたら、いつでも俺様の所へ、来な」 「……うん。ありがとう」 太乙は、ちょっと悲しそうに、笑う。さばさばした性格の赤精子が、いいというのなら、甘えておこうと思った。 「で、今日は、その事を言う為に、来たのか？」 「……うん」 「なーんだ。期待した俺が、馬鹿だったなあ。玉鼎とは、上手くやっているようだな」 「……」 おどけて聞く赤精子に対し、太乙は浮かない顔で、俯いただけだった。 「太乙？」 「うん。玉鼎は……優しいよ。とても……」 「太乙、どうした？奴と、何かあったのか？」 「…何も、ないよ。本当に……何も」 そう言って太乙は黙ってしまった。が、数十秒後、意を決したように、口を開く。 「ねえ、赤精子。私って……魅力がないのかなぁ？」 「……あ？」 「そうだよね。君にそんな事、聞いても、意味…ないよね。だって、君は……」 太乙は、先日の事を思い出した。赤精子は、自分に口付けしたのだ。出来る事なら、それ以上の事もしたいと、言ってくれた。これは、愚問だ。 「……玉鼎の奴…お前と…やらないのか？」 事情を悟った赤精子は、そう聞いてみる。 「キスも、してくれない」 「……それは……」 「それとも、玉鼎…本当はああいう事嫌いなのかなぁ？赤精子は、何か、知らない？」 心から困ったように、太乙は考え込み、赤精子に助けを求める。だが……。 「…そんな話は、知らねぇぞ」 二人で、太乙を巡って穏やかながらも争っていた頃、言葉に端々から、玉鼎が太乙とやりたがっている事は知っていた。そうでなくとも、昔二人で下界に降り、それなりに遊んだ事だってあるのだ。彼に、その手の欲求がないと言う事は、断じてない。 「やっぱり。私に魅力がないんだ」 「た、太乙。それは絶対、ないと思うぞ！」 すっかり意気消沈してしまった太乙に、赤精子は慌てて彼の言葉を、否定する。 「赤精子、ありがとう」 それを、彼の気遣いと取ったのか、太乙はやはりまだ寂しそうな笑顔で、礼を言う。 「……やっぱり、あいつなんかに……渡すんじゃなかった」 「赤精子？」 コトリと、持っていた茶碗を置き、下を向いたまま、つぶやくように赤精子は言った。 「太乙。何もしないと言う事は、何かしたと同義語だぜ。少なくとも、お前にこんな想いをさせている玉鼎に、お前は渡せない」 「……赤精子」 「太乙。何で俺に、相談した？」 「それは……なんか…君が、相談しやすかったから……あっ」 言ってから、太乙はかなり失礼な事を言った事に気が付く。すぐに、赤精子に、謝った。 「……いい。つまりは、俺様の方が、太乙は気軽に…そう言う事が言えるって事だろう？それって……」 ガシっっと、赤精子は太乙の両肩を掴んだ。 「玉鼎には、言ってないんだろ？」 「…う、うん。だって……」 太乙は、ちょっとびっくりしながら、返事をする。そう。玉鼎には、何かいいづらいモノがあった。何かすごく、生真面目な彼に、そんな事を言うのは、はばかられたのだ。 「なあ、太乙」 もう一度、赤精子は太乙を真っ直ぐ見つめる。 「やっぱり、お前には……俺様の方が…」 「…赤精子……」 太乙は、どうしていいか分からず、彼のされるがままだった。確かに、この赤精子のストレートな告白は、太乙の心を、ぐらつかせる。 「気軽に、要求を言えない相手を、お前はいつまでも、愛せるのか？」 「……」 確かに、彼の言う事はもっともだと思う。 「俺なら、お前に寂しい思いなんかさせない。不満に思う事があるなら、いつでもこうやって、聞いてやれる。俺の方が、話しやすいんだろう？」 「そ、それは……そのぉ…」 彼の言う事は、当たっている。そう言われると、太乙は赤精子の言葉を、肯定するしかなかった。 「太乙……」 赤精子は、太乙を抱きしめた。 「……あの」 次の瞬間。太乙は赤精子に口付けられていた。 |