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【３】 「やあ、いらっしゃい」 あれから、二週間。相変わらず、太乙は彼の元を訪れていた。だが最近、彼に目立った変化が、現れてきたような気がする。 最初は、太乙が訪ねても、素っ気ない様子だったのが、このごろは以前と変わらない、いや、それ以上の、笑顔を見せてくれる。 最も、何故実験当初は、彼があれほど素っ気なかったのかは疑問だが、もう太乙はそんな事は、忘れていた。 「いつもありがとう」 「あ……そ、その、実験の方は、順調みたいだね」 そして、とても優しくしてくれる雲中子に、太乙の方が、どぎまぎしてしまう事も、度々だった。 「うん。そうだね……」 だがこの時、雲中子は太乙の言葉に、一瞬だけ顔を曇らせる。 「雲中子？」 「いや。本当に、君のおかげだよ」 最近は、太乙が訪ねると、雲中子が何かしら作ってくれている。今日も、用事を済ませてから来た太乙の為に、夕食を作ってくれていた。 「雲中子って、料理上手だねー」 美味しそうに夕食を食べながら、太乙はにこやかに話をする。初めは、毎日来るのは、とても面倒に感じていたが、こうやって日課になってしまうと、逆に彼の顔を見ないと、寂しく感じる。何よりも、雲中子と一緒の時間は、とても楽しい。 「そりゃあ、太乙の為に、心を込めて作ったからね」 「あ……、も、もう……やだなぁ」 雲中子に言われ、太乙は顔が赤くなる。いくら薬の所為とは知っていても、やはり恥ずかしい。 「そう言えば、先日広成子に変な事を言われたよ。私は何時から、君と共同研究をしている事になっていた？いや、今のこれはそうだけど……その」 「ああ。あれね」 彼の言葉に、太乙は、ちょっと得意げに、雲中子を見る。 「みんなにね、変な噂を流されないように、予め、手を打っておいたんだよー。なかなか、上手いいい訳でしょう？」 「いい訳なら、先日の“アレ”で、いいじゃないか」 「だめだよー。だって案の定、あの後広成子に突っ込まれて、大変だったんだからねー。新しいポリマー素材だったら、それで自分のミリタリー製品を作ってくれ……って」 「……はは。そう来たか」 「だからね。私が今している霊子珠の研究に、君に付き合ってもらってるって、言ったんだ。そうしたら、みんな納得したよ」 「……そう言うもんか？」 「ウソはね、より真実に近い程、いいんだよ。原始天尊様が、そう言っていた」 「……」 「それに、案外ウソじゃないのさー。いずれ、君には手伝ってもらおうと、思ってたんだよ」 「あっ…そ」 言葉は素っ気なかったが、以前と違い、雲中子は笑顔だった。 「それでね……」 そしてまた、二人はたわいのない話を、繰り返す。 「やだ。もうこんな時間……帰らなきゃ」 気が付けば、外はすっかり暗くなり、月も高い位置まで、揚がっていた。 「今日は…泊まっていかないか？」 雲中子は、なるべくさりげなさを装い、言ってみる。 「えー、駄目だよー。帰って、実験の続きもしなきゃだし、機械の調整とか……」 そういい訳をする太乙は、ハタと気が付き、雲中子の方を見た。 「あ……っと、そう言う…意味？」 「……いや、その……そう言う…訳では……」 雲中子は、赤くなりながら、弁解をする。 「わー、すごいねー。本当に、効いてきたんだー」 一方太乙は、キラキラと、瞳をかがやかせる。 「あ……でも」 直ぐに太乙は、事実に思い至ったように、冷静になった。 「これは、実験なんだし、やっぱ……まずいと、思うんだ」 「…別に、私は……」 何時になく、雲中子はうろたえる。本当に、そんなつもりではなかったのだ。純粋に、遅いから、太乙の事を気遣っての発言だった。それに、もう少し、彼と一緒に、居たかったから。 「あ、でも……本番はまずいけどさぁ」 雲中子の戸惑いをよそに、太乙は、己の顔を、雲中子に近づけた。 「キスくらいなら、いいよ。ほら……減るモンじゃないし…」 くすくすと、笑う。 「……いいよ」 「えー、いいの？折角、その気になったのにぃー」 “どちらが”とは、言わない。 「太乙。普通…恋してる方は、そう言う言い方は、しないと思うよ」 「あっ、そうか。ごめんねー。つい、君相手だったし、実験だって事、忘れちゃった」 そう言いながら、太乙はまだ笑っていた。それとは対照的に、雲中子は、がっくりと肩を落とす。 「雲中子……あの…」 さすがに心配になったのか、太乙は彼の顔を覗き込んだ。 「あ……いや、何でもない。そうだね、やっぱなかなか、恋人同士なんて、気分にはなれないよね」 「雲中子……？」 先程の気分は飛んでしまい、太乙は怪訝な顔で、雲中子を見つめた。 「…あの、やっぱり、遅くなったから、帰るね」 「わかった。気を付けて」 「うん。ありがとう」 本当は、少し気がかりだが、今更……と言う気分もあった。太乙は、雲中子に見送られ、黄巾力士に乗り込んだ。 「こういう時はね……」 太乙の黄巾力士の後ろ姿を見ながら、雲中子は独りつぶやく。 「恋人なら、一緒に居るんだよ」 その声は、勿論太乙には、聞こえない。 「どうして君は……そうなんだろうね」 見つめる空には、もう太乙の姿はなかった。痛い程に、星が瞬いている。 「本当に……作ろうかな、惚れ薬」 |