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【４】 「……何だと？」 太乙の話に、玉鼎は変な声を出した。 朝、玉虚宮で会った太乙が、相談があると言うので、そのまま自分の洞府に誘った。そしてお茶を入れ、彼の話を一通り聞いた玉鼎は、困惑してしまった。 「うん。やっぱり『泊まっていけ』って誘われたら、断るのって……まずいよねえ」 太乙は、昨日の雲中子との事を、同僚の玉鼎に相談しようと思ったのだ。勿論太乙は、自分の事とは言わずに、自分の弟子の恋の悩みとして相談した。それに、多少気が付かれたとしても、玉鼎は口が固い。他の連中のように、下手に茶化したり、他言したりはしないだろう。 「……それが、恋人同士ならな…」 実のところ玉鼎は、こういう色恋沙汰の話は、苦手だった。歯切れの悪い調子で、ともかくも彼の相談に乗ろうと、必死になる。 「う、うーーん。恋人の様な…そうでないような……」 「何だ、それは？」 「いやー、その……ちょっと複雑な事情というか、関係でさー」 「……」 「ほら、師の私としては、アドバイスしてあげたいんだけど……。その、私、そーゆーコト…疎いっていうか……」 「…うむ」 （お前が疎いなら、私だって同じだ）と、玉鼎は心の中で思ったが、ともかく、話に相槌を打つ。 「まあ、相手が君の事…いや、君の弟子の事を想っていると言うのなら、その申し出は、断る類のものでは、ないだろうなぁ」 「あ……と、でも、その、二人は…深い仲になる気は、ないらしくて……」 「……。わからないな。だが、恋人と言うのがはばかられるにしても、付き合っているのだろう？」 「…う、うーん」 確かに、真実を言う訳にはいかないが、どう説明しても、不思議な関係である事は、事実だった。太乙は説明に窮してしまった。 今の自分たちの関係は、確かに『恋人同士』と言う訳ではない。だが考えれば、雲中子は何故、自分を実験の相手に選んだのだろう？ もし実験が上手くいけば、こういう状況も考えてしかるべきだったのだ。 「いずれにしても、相手の気持ちを、踏みにじるような真似だけは、しない方がいいぞ……と、君の弟子には言っておけ」 玉鼎は、最後まで太乙の作り話に、合わせてくれた。そして、いつもの穏やかな笑みを向ける。 「うん。ありがとー」 彼が上手く話をまとめてくれたので、太乙もこれ以上ボロを出さなくて済んだと、お礼を言って金霞洞を後にした。 「玉鼎って、いい人だよねー」 自分の洞府に帰りながら、太乙は独り言を言う。 「雲中子は……」 そして、先程玉鼎のところで思いついた考えを、反芻する。 雲中子は、本当に『そういう』つもりで、自分を選んだのだろうか。 「だとしたら……」 更に言えば、自分もそうなのだ。雲中子となら、いいという考えが、少しはなかっただろうか。 昨日。泊まって行けと言う雲中子に、自分はおどけて見せたけれども、本当は彼は、真剣だったのではないか。 「…わぁっ」 考えると、顔から火が出るようだった。 「雲中子には……この実験、もう終わりにしてもらおう。い、いいよね。もう、効果は十分わかったんだし……」 誰もいないのに、太乙は思わず口に出す。 「……そう言えば、止めるって…どうするんだろう？何か、そう言う薬でも飲むのかなぁ」 太乙は、雲中子が、その事について何も言っていなかった事を、思い出した。 「本当に……実験、終わりにするのかな」 自分で声に出した事実に、寂しさを感じている自分がいた。そのまま、自分の洞府に着いた太乙は、何もする気になれなかった。何を考えるでもなく、居間に座ったまま、ぼーっと空を見ていた。 結局その日。太乙は、雲中子の所へは、行かなかった。 夜近くまで悶々とした挙げ句、ベッドに倒れ込む。横目で時計を見ながら、溜息ばかりを吐いていた。 本当は、会いに行きたかった。 雲中子の笑顔を、見たいと思った。 けれども、昼間の考えにまとまりが付かず、どんな顔をして会えばいいか、太乙はわからなかったのだ。 まともに寝れるはずもなく、次の日、太乙は寝不足のまま、目を覚ました。 そして太乙は、雲中子に会おうと決心した。彼と会って話せば、自分の今の気持ちにも、整理が付くのではないかと考えたのだ。そして、雲中子にも、この気持ちを知ってもらおうと思った。今や、彼は自分にとって、なくてはならない存在になってしまった…と。 実験を止めるにしても、当初とは違う形で、止めてもらおうと思ったのだ。つまり、自分たちの関係は、このままで…と。 「だって、雲中子は…ああいう状態なんだから……」 きっと、上手くいくと思ったのだ。 そして、太乙が終南山を訪れると、雲中子はいつもの笑顔で迎えてくれた。 「あ…昨日は、来れなくて、ごめんねー」 その笑顔に安堵し、太乙は開口一番、昨日の事を謝る。 「そ、それでねー。実は、ちょっと話というか……」 「それは丁度良かった。私も君に、話があるんだ」 とても優しい笑顔を浮かべ、雲中子は言う。 「……？なあに？」 ちょっとした後ろめたさから、太乙は雲中子に、先に話すようにと促した。 「実は……」 一瞬、太乙の顔を見つめた雲中子は、そのまま視線を逸らした。 「今まで…ありがとう。もう今日で、実験は終了させようと思うんだ」 「……え？」 彼の、思いもかけない言葉に、太乙は思考が止まった。 「だから君は…。もう、私の事を、特別にしなくてもいいんだよ」 雲中子は、視線を戻し、太乙に笑いかけた。 |