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東海道を見送ってしばらくすると、上官室のドアをノックする音が聞こえた。 「どうぞー」 山陽の返事に、入ってきたのは、予想に違わぬ人物だった。と言うより、大阪のこの上官室に訪ねてくる人物など、たかが知れている。 「失礼します。こんにちは、山陽さん」 「よう、Jr。残念だったな、東海道なら今しがた…」 「…いえ、実は今そこで会いまして…」 にこやかに、東海道本線は、手に持った書類を見せる。 「丁度良かったです。兄さんにはサインはもらいましたから、後は山陽さんのをお願いしますね」 「りょーかい。そうか、会えたのか。良かったな」 このブラコンの弟は、兄に会えればとても嬉しそうな顔をする。折角大阪で予定が合うのだ。出来れば、会いたいのは当然だろう。自分は、東海道とは一緒のことが多いから、優しい山陽は、上手く予定が合えば、Jrと東海道が会えるようにしてやりたいと思う。文句を言いながらも、東海道だってまんざらではないようだし。 「コーヒーでも飲んでいくか？」 「え…でも、兄さんも居ないですし…」 「時間はあるんだろう？」 「はい。まあ…」 「だったら、俺の話に、少し付きあわねぇ？」 ここに、Jrが来たのも、何かの巡り合わせだろう。山陽は、先程の件を彼に相談してみる気になった。まあ、Jrが心配しすぎる部分は、ぼかした方が良いかも知れないが…事が事だけに、無理な気もした。が、当のJrは、何か思い当たることがあるのか、 「兄のことですか？」 と聞いてくる。 「ん〜。まあ、そうなんだけど…」 山陽の言葉に、Jrは『やっぱり』と言う顔をする。それに、山陽も敏感に反応した。 「…東海道、何か言ってたのか？」 「…いえ。何時も通りと言えば、何時も通りだったんですが…。兄さん、何で本社に戻ったか、知ってますか？」 東海道は、弟に会った時、なんと言ったのだろう？Jrは、出来る限り兄の予定は、把握しているはずだ。 「東海ツアーズと、打ち合わせだって言ってたぜ」 「そうですか……」 東海道本線は、なにやら考え込む仕草を見せた。 「まあ、ツアーズに関しては、オレはノータッチに近いですからね」 「…まぁ、そうだろうね」 Jr東海ツアーズは、東海道新幹線に乗ってもらうのが主眼の会社だ。本線といえど、既に在来各駅扱いのJrは、あまり関係がない。 「さっき入れたから、まだ煮詰まってないと思うぜ」 そう言いながら、山陽はコーヒーメーカーで入れたコーヒーを、Jrの目の前に置いた。コーヒーがあまり好きでない東海道のために、ここには紅茶も用意してあるが、山陽はコーヒーもよく飲む。最初の頃はインスタントだったが、コーヒーメーカーを購入して、楽に飲めるようになった。 「ありがとうございます。で、兄さんと、喧嘩でもしましたか？」 東海道本線は、ブラックのまま口に運んだ。 「残念ながら、すこぶる仲はいいぜ」 まさか、先程ちょっとばかり、東海道と“イイコト”をしたことは、言えないが。山陽の言葉を聞くと、Jrは、不機嫌な顔をして見せた。なんか子供をからかっているようで、山陽はつい笑いそうになる。とはいえ、彼の方が年上なのだが。 「じゃあ…一体…」 実の所、山陽が兄と喧嘩した方が、まだ『いつもの事』なので、想像はつくし、相談にも乗れる。そうでない兄の事…の方が、Jrとしては心配だった。 「霧島…って、知ってるか？」 「……あの、九州まで行く、昼行急行列車…ですよね」 思いもかけない名前を聞いて、東海道本線は正直戸惑う。つばめやはと、霧島や銀河など、優等列車が東海道を走っていたのは、随分前になる。東海道新幹線が走る様になってからは、昼間の急行や特急は西に追いやられ、長距離の優等列車や、夜行、寝台車などがいくつか走っていたが、最近はその数も少ない。 「その後、桜島になったらしいんだけど…結局廃止されたって…」 「……桜島？まあ、あの辺は、色々名前が変わったり、行き先変わったり…復活したり、忙しかったですからね」 昔を思い出すように、東海道本線はしみじみと言う。彼の所は、新幹線開通のあおりを受けて、特急や急行はほとんど走っていない。それは、山陽の所にも言えることだった。 「…その霧島が、さっき、東海道に会いに来た」 「兄さんに？何で！？」 「廃止になった列車が、東海道に会いに来て言う事は……大体想像がつくだろう？」 「……ええ、まぁ」 自分の所に来なかったのは、何となく解る。霧島も来づらいのだろう。だが、だからと言って兄の所へなど。 「やっぱ、高速鉄道って、権限あるように見えるのかな…」 「……まぁ、そうですね」 ましてや、東海道は偉そうだ。それは、新幹線が出来た経緯を考えれば、そう言う態度を取らなければならなかったというのも、解る。東海道の資質もあるが、下の者に良く思われていない…その事は、逆に、それ程偉そうなら…という思いにかわっても、不思議ではない。 「…兄は？」 「期待するな…って言って、帰したけど…」 「まずいですね…」 「ああ、それで……」 この先は、東海道本線である彼にとって、話したくない事になるのかも知れないと、山陽は思いながらも、聞かない訳にはいかないと、腹を括る。 「奴等の間に、何があった？」 「……」 「東海道は、『霧島だから、話を聞いた』みたいな言い方をしたんだ。オレは、奴の優等列車時代を、知らないから…見当もつかなくて……」 「実の所、オレも良く解らないんです。あの時期の東海道では、オレはただ居るだけの存在でしたから」 「……」 Jrの言葉に、山陽は驚く。この、鉄道の祖、東海道の名を持つ彼が、ただのお飾りだったなど。 「勿論、今の方がずっと本数も多いです。でも、優等列車それぞれに、専属が居るという状況は…はっきり言って、オレはほとんど何もしなくて良いというか……出来なかったんです」 「出来ない？」 「つばめ…さんが」 「……ああ」 山陽も知っている。国鉄の中でひときわ力の強かったつばめ。彼は、国鉄の最重要ブランドだった。格が違う。その彼が、東海道を仕切っていたのだ。さもありなんと、山陽は納得した。 あの時代を思えば、優等列車それぞれに専属がいて、なるべく乗車業務を行うのなら、良かったのかもしれないが、それ故、東海道本線は、関知できなかったのか。 「難しい所だよなぁ」 当時は、今ほどシステムが発達していなかったし、電気機関車や、下手をすれば蒸気機関車も結構居たのだ。 「ですから、彼らは彼らで運用していて、オレの口出しする隙はなくて……下手をすれば、運用に関しても、事後報告だった時も、あるくらいです」 「お前を、さしおいて？」 「……ええ」 東海道は、苦虫をかみつぶした様な、表情で答えた。 「ただ、記憶では、昼の優等列車と、彼のような長距離列車とは、あまりに……」 「仲が良くない？」 「いえ。仲と言うよりも、意識が違うというか……だから、あまり交流がないように、見えました」 だったら尚更、昼間の特急だった東海道新幹線と、霧島との仲が解らない。 「でも、東海道が『奴なら、話を聞く』って……」 「……兄さんが、そう言ったんですか？」 「…月光だったら…聞いてないとか……」 実の所、そう言われても、東海道はあまり個体識別が出来ていなかった。名前くらいは、聞いたことがあるという程度だ。 「まあ、大所帯でしたからね。オレなんかには解らない、それぞれの事情があったんでしょう。でも……」 そこまで言うと、Jrは唇を噛んだ。 「オレが、あの時、気が付いていれば…兄さんは……」 あの時は、こんな関係になるとは解ったいなかったのだから、意味のない後悔なのだが。 「そう思うなら、今の東海道を、大事にしてやんな」 「…してますよ」 ちょっと唇を尖らせて応じるのに、山陽は苦笑する。 「あとは……」 そっと顎に手を添え、東海道は考え込む。 「……こだまに……」 「…こだま」 それは、山陽も頭の隅で考えていたが、無意識に避けていたことかも知れない。 「……奴に、聞くしかないか」 山陽は、諦めたように、溜息を吐いた。 |
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勝手に捏造設定です。ごめんなさい |
ブラコンな弟。本当は、力あるはずだよな〜