君は僕のモノ
＊

「おい、山陽…」
　大阪で、東海道新幹線に呼び止められた。山陽新幹線は、振り返る。
「ほわいとでー…だ」
　まるで平仮名で言ったような棒読みで、東海道が小さな包みを目の前に差し出した。
「え？ホワイトデーって、俺、昨日あげたよね」
　そう。東海道がくれたチョコの、何倍返しだったか。でも、とにかくあげた。と言うより、自分は東海道に、バレンタインをやった覚えはない。他でいっぱいもらったチョコを、東京の上官室に持っていったくらいだ。
　次の日には、上機嫌な東海道が、いつもの通りお茶請けだと言って、値引きされたチョコを大量に持ち込んだが。
「とにかく！受けとれっ」
　見ていれば、東海道の頬が、うっすら赤い。
「あ、うん。ありがとう…」
　これも、昨今多くなったホワイトデーの、売れ残りなのだろう。また、東海道のお茶請けのネタが増えたのか。
「では……後で…」
　そう言って、東海道はのぞみに乗り込む。一足早く、彼は東京に行くのだ。
「あ、ああ。東京で…」
　自分も、西での事務処理を終えたら、東京に向かう。
　山陽は、彼の乗った車両に手を振った。

＊

「……って、クッキーね」
　マシュマロでなかっただけマシか。山陽は自分の机に戻って、しげしげと包みを見る。
「……？」
　何故か、包装紙の間に何かが挟まっていた。取り出せば、小さな封筒。
「…めずらしい」
　東海道からのメッセージなのだろうか。ちょっと微笑ましいと思いながら、山陽は封筒を開けた。中には小さなカード。
「……え？あいつ……」
　そこには、彼を表すような、生真面目な文字。

　開業おめでとう

　先程の、東海道の顔が思い浮かぶ。ああ、これか。だから、こんな渡し方をしたのか。あまりの嬉しさに、山陽は口元を押さえた。別に誰が居るわけでもないが、嬉しいのと、気恥ずかしいのと。
　だが、これを書いた東海道の方が、きっともっと恥ずかしかったのだろう。それを想像すると、自分まで赤くなりそうだった。
「じゃあ、ありがたくいただきますか」
　一応考えてくれたような、チーズ風味のクッキーを、山陽は口に入れた。それを噛みしめながら、もう一つの文字を読む。

　今日なら、好きにしていい

　東京に行って、顔を合わせたら、何て言ってやろうか。
　一発くらい殴られるかも知れないが、その位は我慢しよう。
　会うまでに、この緩みそうな表情を戻すのが、山陽の目下の課題だった。

＊

　東京に戻れば、執務室には東日本の新幹線達もいて、山陽は軽く片手をあげて挨拶をする。
「山陽、おつかれ～」
　今日、２００系のラストランな上越も、何時も通り軽い挨拶をする。秋田は、明日の打ち合わせを東北としていた。こちらはさすがに緊張しているらしい。

「東海道…これ」
「ああ、わかった」
　山陽が、東海道に書類を渡し、アイコンタクトを取る。気まずそうに目を逸らした東海道に、山陽はちょっと微笑んだ。
「山陽先輩。今日は…おめでとう…ですよね」
　長野が不意に言うと、山陽は『サンキュ』と、軽く返す。東北と秋田が、初めて気が付いたように、顔をあげた。
「そっか～。忘れてた。パーティーの機会、逃しちゃったよ～」
　結局は、おいしい物が食べれればいいのかと、山陽は突っ込みたかったが、実際秋田はそれどころではないのを知っているので、苦笑するに止めた。
「また今度な～」
「じゃあ、東北の３２０Ｋｍのお祝いパーティーやろうよっ」
　流石はらぺこまち。懲りない。
「……だ、そうだ。東北」
「……明日きちんと、運行できたらな」
　それでも、東北は秋田に甘い。きっと、結局何かをおごってやるのだろう。
「山陽こんな状態なので、すまない」
　そう言って、東北は山陽に気を使った。
「いいよいいよ。明日頑張れよ…」
「そう言う貴様だって、明日からはＮ７００Ａが走るんだからな…」
　会話を聞いていた東海道が、ちょっと睨むように言う。
「って言っても、直通だし」
「…年末には、お前の所にも入るだろう…今から慣れておけ」
「わかってるよ」
　三月と十月は、伝統的にダイヤ改正が多い。だから、こんな状態の年も、結構ある。その所為で、山陽の誕生日や、東海道の誕生日は、うやむやになることも多かった。

「えっと、俺達は、今日早く上がるけど……」
　一頻り、東海道と言い合った後、山陽は時計を見上げ、切り出した。
「わかってるよ。久しぶりだもんね～。二人で楽しんでくれば？」
「な、何で、そんな事を……」
　上越の言葉に、東海道が反応する。これだから、彼にからかわれるのだ。
「うん。楽しんでくるよ。今日は東海道が、奢ってくれるからね～」
「へ～、いいな～」
　山陽の言葉に、隣で東海道が『誰が何時、そんな事を言った？』と、小声で怒っていたが、山陽がまぁまぁと、落ちつかせる。
「東海道先輩、すごいです。僕も大人になったら、山陽先輩に、すてきなプレゼント送りたいです」
　東海道が、山陽の誕生日プレゼントに、夕食をおごるのだと勘違いした長野が、眼をキラキラさせて言う。こうなると、東海道としても“違う”と、言いづらいものがあった。
「長野は、十分いいものをくれたよ」
　山陽は、笑顔を見せながら、そう言って長野を誉めた。
「へ～、長野。山陽に何あげたの？」
　楽しそうに、上越が聞く。
「これだよ…」
　照れている長野に代わり、山陽が取り出したのは所謂“お手伝い券”だった。
「わー、いいねぇ」
　秋田が、笑顔で言う。
「いえ…あの……」
　長野は、何だか恥ずかしそうにしているので、山陽がポスリと頭に手を置く。
「お兄さんはうれしいよ。俺が困ってるとき、アテにしてるからね…」
　そう言って、ウインクをして見せた。
「そうだよ長野。身体で感謝を示すのは、尊いんだよ…」
「はい。覚えておきます」
　かぶせるような上越の言葉に、長野が素直に答える。それを聞きながら、山陽は笑いをこらえる。
　ちらりと、東海道を見ると、動きが止まっていた。これ以上、この会話を続けて上官室にいると、彼がいたたまれなくなりそうなので、早々に撤退することにした。
「東海道…俺はもうあがれるけど、そっちはどう？」
「あ、ああ。大丈夫だ」
　口数の少なくなった東海道をせき立てて、山陽は皆に手を振る。
「じゃあね～」
「で、では。先にあがらせてもらう…」
　東海道も、何とか挨拶をして、山陽の後についていった。

＊

　結局二人は、東海ビルの中の、東海道の部屋に行くことになった。今日はそちらが良いと、山陽が主張したからだ。この後のことを考慮すれば、確かに妥当だが、いかにも…な感じなので、東海道は複雑な気分になった。が、好きにして良いと言った手前、駄目だとも言い難い。

「おごらんぞ…」
　廊下を歩きながら、東海道が言う。
「え、アレ？本気にした？」
　『ごめん、ごめん』と、軽く目の前に手を立てて謝る山陽を、東海道は仕方なさそうな顔で見る。
「あ、ちょっと待ってて…」
　何故か、東京駅構内を通っていくと言う山陽に付き合えば、にぎやかな売店の前で、待たされた。
「……何だ？それは」
　しばらくして戻ってきた山陽の手には、紙袋。
「駅弁。５０品目たべごろ弁当…以前おいしいって言ってたから」
「……今年の春の新作か？そう言えば、食べ損なっていた。５０品目は、ここだけの販売だからな」
　流石東海道。こういう事は良く覚えている。
「これ持って、ゆっくり部屋で食べた方が良いだろ？」
「……山陽」
　それを見て、何かを考え込んでいた東海道は、財布を取り出し、山陽にピッタリの金額を差し出す。
「…東海道？」
「長野に、聞かれたら、困るからな。これは、私がおごる…」
「え、でも、東海道には……」
　これをおごってもらわなくても、この後きちんと“プレゼント”が、用意されている。が、東海道の言葉の意味する所に思い当たった山陽は、その先を言う事はなかった。それに呼応するように、東海道が顔を赤らめ、そっぽを向く。そうなのだ。東海道が山陽に何を送ったか。本当のことなど、長野に言えるわけがない。
「わかった。じゃあ、ありがたくもらっておく」
　そう言って、東海道からお金を受け取った山陽は、先に歩き出した東海道の後を、ついていく。

＊

「そっちの袋は、何だ？」
　二人は、夕食にしようとソファに座る。東海道のこちらの部屋は広いので、ソファがある。ここで並んで座るのが、山陽の好みだった。良く見れば、山陽は先程の弁当の他に、袋を持っていた。
「これは、イコちゃん弁当…」
　取り出した四角い箱。外側には、イコカが印刷されている。先程の弁当の他に、これも食べようというのか。
「……イコ？ああ、青いメタボのカモノハシか…」
「メタボって…そりゃあ、公式だけどさ～お前の所のヒヨコも、大概よ…」
「……」
　言い合いながらも、山陽が取り出したイコカの形をしたお弁当の入れ物に、東海道の目が釘付けになる。何か…すごい。平面でなく、立体のイコだ。
「……こう言うのが、売れるのか？」
「ウケるウケる。東だって、スイカペンギン型の、弁当出してんだぜ。お前の所だって、あのでかいヒヨコ型の弁当箱つくって、売り出せばいいのに…」
「……う…む。だが、他の二番煎じは……」
　本気で悩んでいる東海道に、山陽は笑って５０品目弁当を差し出す。すると、東海道はちょっとばかり困った表情になる。小食な彼は、自分の分を山陽に寄越して、丁度良いと踏んでいたのだ。
「これもあげるよ？」
　一通り食べたいであろう東海道に、山陽はイコちゃん弁当を見せながら言ってみる。すると、東海道は更に困惑した表情になった。
「あ…これが……多いのだが…」
　言外に、食べきれないと言っているのだ。
「明日の朝までなら、大丈夫だろ。食べきれない分は取り分けて、冷蔵庫に入れておけよ。明日の朝食が、それで浮くだろう？」
「そ、そうだな」
　山陽の提案に、東海道はホッとした表情になる。
「食後の和菓子もあるから…」
　言っておかないと、後で恨まれそうだ。それを聞いた東海道は、もう一口だけ、御飯を朝食用に取り分けた。

「じゃあ、いただきます」
　ありがたそうに手を合わせ、山陽は弁当のフタを開けた。

　一通り食べ終わり、お茶と甘い物でほっこりしている東海道に、山陽がにやりと笑う。因みに食後の甘味は、山陽が西から買ってきた、道明寺だ。
「何だ？」
「じゃあ……」
　顔を近づける山陽に、東海道はドキリとなる。
「風呂…入ろうか？」
「え……？あ、ああ。そうだな……」
　まあ、約束なので、そこは言うことを聞くしかないだろう。が、こんなあからさまに言われると、少し照れる。
「では、私が先の方が…」
「まさか。一緒に入るのよ？」
「な、何だとっ」
　東海道は焦った。普段、山陽と一緒に風呂に入るなんて、まずしない。あんな明るい場所で、自分のこの痩せた身体を見せるなど、イヤだった。ベッドにいるときは、何とか灯りを消させるから、許容しているのだ。風呂から上がったときだって、自分はさっさと服を着てしまい、山陽には見せないようにしているのに。
「貴様…初めからそのつもりで……」
　この為に、今日は東海道の本社の宿舎にしようとしたのだと、気が付いた。ここのバスルームなら、二人で入っても、余裕だ。
「だって、東海道。一緒に入ってくれないし…」
「それは……」
「変なコトしないよ？背中洗ってあげるし…そうだ、髪も洗ってやるよ」
「へ、変な事などされてたまるか。そ、それに……」
　山陽の大きな手で、髪を撫でられるのは好きだ。その手で髪を洗われるのは…恥ずかしい。大体、山陽の身体は、悔しいが格好いいと思っている。背が高く、きっちり筋肉が付いていて……。何よりも、抱きしめられた時の腕が、自分とは違い大きな掌と……。

　（何を……私は…）
　カーと、顔を赤くして、手を口元に当てる。
「それに…何？」
「…貴様は…私の身体など…見て…」
　山陽は、東海道の手を取り、ゆっくりと自分の方に寄せ、手の甲に口付けた。
「…勿論」
　そう言って、上目使いで、東海道を見る。
　何を言うのだ、この男は。東海道は赤くなるのを通り越して、目眩がする。

　速度以外で、彼に負けたくはない。そう言うが、本当は色々と負けていることも、何となく気が付いている。気が付いているけれども、それを認めたくはなかった。そして、虚勢を張れば、山陽は『はい、はい…』と言いながら、“負けて”くれるのだ。それは、自分の方ばかりが、山陽に惚れているような気になる。彼の方が、自分にちょっかいを出すし、今のような“無体な”事も言うのだが。
「お前が本当にイヤなら、無理強いはしないけどさ…」
「あ…そ、それは…」
　また、こうやって、甘やかされるのは、今日はイヤだった。それに、自分で言い出したことだ。
「……わかった」
　東海道は、観念して、こくりと頷いた。

　山陽は、こちらに来る新幹線の中で考えた。東海道は、運行のあれこれや、東海の経営に関しては頭も回るし、素晴らしい能力を発揮する。だが、プライベートに関して何か駆け引きをするとか、裏を読むとかはしない。出来ない。だから、言うことをきくとは書いてあったとしても、東海道に深い考えは無いと、山陽は推察していた。
　彼はいつも一回だけしか許してない。それを二回か三回にしろとか言われる位しか、思い付かないだろう。そんな事ではなく、彼が許容出来る範囲で、でも普段させてくれないちょっと楽しい事を…と、山陽は考えた。
　ただ、いずれにしても、東海道の嫌がる事はしたくない。
　東海道が、自分の裸を見られるのを、嫌がるのを知っている。だからいつもシャワー等は別々にしていたのだが、何回かは一緒に入ったこともあるので、全然ダメと言うわけでは無い筈だ。本当は、こうやって少しずつ慣れさせていかなければいけない気もするが、一体何年かかることやら。
　大体、運行に支障が出たとき、山形には世話になっているのだから。それが少しだけ、山陽には気にくわない。

　勝手知ったる…なので、山陽が風呂の用意は全部してくれた。
「俺が、脱がせてやろうか？」
「……いい。自分で出来る…」
　先に入っていると言えば、山陽は茶化しながらも、どうぞという。
　バスルームに入れば、山陽が気を利かせたのか、湯船には入浴剤が入っていて、お湯が乳白色になっていた。
「……」
　お湯に手を入れれば、東海道好みの丁度いい温度だった。山陽は、もう少し熱めの湯が好きだから、これも自分に合わせてくれたのだ。
　先に湯船に入っていると、後から山陽が入ってきた。東海道は入り口に背中を向けていたので、入ってくる音と、お湯が揺れた気配を感じたのだが。
「よーく、暖まるんだぞ…」
「私は、子供ではないっ」
　まるで子供のように、東海道は文句を言って、振り返る。
「うわっ」
　案外そばに、山陽の顔があったので、東海道は変な声を出す。
「近いぞ、山陽…」
「いくら広いって言っても、この位は仕方ないでしょ」
「だったら、入らなければ…」
「今日は…言う事、聞いてくれるんだよね？」
「……う～」
　とにかく、今は分が悪い。それに、目の前の山陽だって、裸な訳で。いくらお湯が透明じゃないと言っても、既に出ている肩のラインからして、自分とは違いきっちり筋肉が付いているのが解る。余計、恥ずかしくなってきた。
「そう言うお前も、きちんと肩まで浸かれ…」
　照れ隠しのように、東海道は言ってみる。
「東海道…」
　笑いながら、肩まで沈んだ山陽は、一瞬真剣な目になる。
「ごめん…我慢できなくなった」
「…山陽？」
　東海道が、問い返す隙をついて、山陽が東海道に近づいた。
「……さ」
　もう一度、彼を呼ぶ声は途切れた。
　山陽の大きな掌が東海道の肩を抱いて、そっと口付ける。
「……んっ」
　文句を言うよりも先に、自分も目を伏せてしまったのだから、完全に東海道の負けだ。それでも、なんとか山陽の腕に触れれば、案外あっさりと、彼は離れていった。
「さ、山陽っ」
「暖まったみたいだな。じゃあ、身体洗ってやるから…」
「……おいっ」
　文句を言うタイミングを逃してしまった東海道は、山陽に促されて湯船から出た。
「はい、座って～。背中からね…」
　何だか、全て山陽のペースで進んでいく。

２　　　　　　　

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