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６
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霧島の発車は、昼の一時だった。今日は、列車の調子も良く見てやろうと、早めにホームに着いた。 「……はと？」 別のホームに停まっている特急電車の最後尾に“はと”が立っていた。 「…あいつ……」 嬉しそうに、その列車を見ていた彼は、こつんと額をその車両に付けて、何かを囁いているようだった。そのまま見ていると、顔を上げた彼と目があった。するとはとは、少し頬を染める。 「…何を…しているんだ？」 好奇心に負けて、霧島はそちらに近づく。 「……いや…その…」 霧島は、その車両を眺める。一等展望車。この東海道を走る、特急だけに許された車両。 「……豪華だな」 「“マイテ４９型”。私の誇りだ。向こうでも…似た形の展望車を引いていた。こちらに来て、この展望車を引けると聞いて、嬉しかった」 そうかと、霧島は納得した。はとは、大陸生まれだ。向こうでも、そんな厚遇だったのか。 「……いいなぁ」 つい、そんな言葉が出てしまい、しまったと思った霧島がはとの方を見れば、嬉しそうに笑っていた。 「大丈夫だ。きっと…君の所にも、新型車が入る」 「……無理だよ。電車だろ？俺は……」 東海道は全線電化が完成した。大阪まで行く“はと”はいいかも知れないが、自分は電化など考えようもない、九州まで行くのだ。 「日本国中、電化される。そして、動力分散方式の電車が走る」 霧島は、ぽかんとしたまま彼の話を聞いていた。内容が、半分もわからない。だが、兎に角すごいことだけはわかった。 「はとさん、そろそろ…」 そう迎えに来た、制服姿の綺麗な女性。そう言えば、つばめとはとには、女性客室乗務員がいた。 「時間だ。…じゃあ、またな。霧島も…気をつけて」 「え、ああ」 霧島は、まだボーッとしたまま、はとを見送った。 考えれば、特急であるはとが、急行の自分に気安く話すなど、あり得ないはずなのに。あの頃のはとは、同じ特急でありながら、つばめの陰に隠れて、冷遇されていたと聞く。 仲間の急行列車も、“はと”に関してあまり良い言い方をしなかった。 「お前…はとと親しいんだって？」 「…親しくなんかねぇよ」 「話してるの、見たって奴がいてさ」 「……俺のすぐ前のダイヤだから、仕方ないだろ。仮にも、向こうは特急様だ」 『話しかけられて、無視も出来ないだろう？』と言えば、相手は納得したように、肩をすくめた。 「つばめ様に、睨まれないようにしろよ…」 その言葉に無言で手を振りながら、霧島はとてつもなく不快だった。 つばめにも、それに媚びへつらう昼間列車にも、そして自分にも。 「こだま型？」 「ああ。動力分散型の列車だと。１日で大阪を往復できるんだそうだ」 「はとの…言ったとおりだ……」 “はと”の言葉が正しかったことを、霧島は知った。 「え？何だって？」 「……何でもない」 はとも、その内こだま型に変わるのだろうか。あれ程嬉しそうに、新技術について語っていたのだ。 「……奴…すごいんだな」 あの頃、そんな事を話す電車などいなかった。急行の連中が、陰口をたたこうと、はとは純然たる“特急”なのだ。 「……？」 移動の列車の中で、霧島は寝ていたらしい。随分昔の夢を見た。自分でも、よく覚えていなかった昔。だから、無意識だったが“はと”に、会いに行こうという気になったのか。霧島は、そっと、窓の外を見た。 「奴…偉くなったんだな」 もう一度、広軌で走りたいとも言っていた。真っ直ぐ伸びる安定したレールは、とても走りやすいのだと。 その夢を全て叶えて、彼は今あそこにいるのだ。
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「戻ったぞ」声がして、上官室に東海道が入ってきた。 「東海道、お帰り〜」 笑顔で山陽が迎える。 「…日本茶か。私ももらおう…」 「うん。ちょっとまってて…」 マメな山陽は、ソファを立って給湯室に向かった。東北は、無難な挨拶をしただけで、下手なことは口走らなかった。こんな時、彼の寡黙なところは、ありがたい。 「山陽…済まなかったな…予定を変更させて」 山陽からお茶を受け取りながら、東海道が謝っていた。それを見た東北が、顔をあげる。 「東北…明日の、会議だが……」 「午後からだったな…」 顔をあげ、スケジュールを確認する。本来、東海道と山陽は、朝一番で大阪から乗車業務で帰ってくるはずだった。上越も同じ。時間的には午前でも良かったのだが、念のため午後に設定してあった。 「私達は、今日、このまま東京だ。明日の会議、そちらの都合のいい時間で構わない」 「……そうか」 言うと、東北は上越に電話をかける。 「資料の用意もあるから、初めの予定通りでいいそうだ」 電話を終えると、東北はそう告げた。上越自身は向こうの始発に乗ってくるので、朝それなりの時間に、東京に着いている予定ではあるのだが。 「な？東海道。じゃあ、明日はさっきの通りで良いな…」 東北が電話を掛けている間、二人でなにやら相談をしていたらしい。東北が無言で説明を促すと、山陽が嬉しそうに口を開いた。 「悪いが、俺達は、明日午前半休を取っていいか？」 山陽の言葉に、東北は考え込む。 「ほら、山陽。東北が困っている…」 「でも、お前…ずっと、休んでないじゃん。本来明日の午前は、東北が一人で勤務だったんだから、特に問題がなければ、俺達がいなくても、大丈夫なはずだ。」 「それはっ」 「この間の休みだって、事故対応で呼び出されてただろ？休めるときに休んでおけ。俺も一緒だし。良いだろう？」 「……」 休んでいないのは事実だったので、東海道は反論の余地を失う。 「それがいい」 躊躇している東海道の背中を押すように、珍しく東北が口を出す。 「…東北」 「山陽の言う通り、当初の予定では、明日の午前中は、こちらで俺が一人だ。途中から上越も来る。こちらの事務は、大丈夫だ。何かあっても…」 「あっては困る！」 「…あっても、二人が東京にいることは解っているのだから、対応はし易い。お前達の都合が付くのなら、休んだ方が良いと思うのだが…」 東海道の言葉に臆することもなく、東北がすらすらと意見を言う。山陽は、心の中で手を合わせた。先程の事情を話してあったから、東北も東海道には休息が必要だと判断したのだろう。今度、つばめグリルのハンバーグセットくらいは、おごらないとかも知れない。 「……そうだな」 東北が、こんな風に断定し、ましてや会社の違う自分に、意見を言うことは珍しい。彼から見ても危ないほどに、自分は休息が必要なのだろうか。 「と言うことで、明日はゆっくり、ホテルでブランチはどう？」 「……どこでだ？」 二人に後押しされて、東海道もその気になったらしい。ちょっと目尻の下がった表情をした山陽の、そんな台詞にも、お小言が飛ばない。 「東京ステーションホテル…なんて、どうだ？お前、一度泊まりたいって言ってただろう？」 「だが、あそこは…東の管轄だろう？」 「こだわるかなぁ。お前の所の東海ツアーズでも、駅ホテルに泊まる旅とか、売り出せばいいじゃん」 「……貴様、今、適当に思い付いただろう？」 「まあまあ。その為には、自分で体験するのも、大切だぞ。東北新幹線に乗って、東京観光の後、駅ホテルに泊まって、始発の新幹線で西に来てもらう」 「……うむ」 「と言うわけで、予約入れとくからな」 「……山陽っ。そんな事を…」 「お前達……」 二人のやりとりを聞いていた東北が、低いトーンで声を掛けた。 「いちゃつくなら…」 「誰がいちゃついているっ！？仕事の話だ！」 いや、これをいちゃついてるというのだ…と、山陽も東北に同意した。何より、最後の東海道の叫びは、自分だって“それ”を思った、証ではないか。 |
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倒壊は、本当にツアー○じゃないと、引いてくれない。 |
東北…何でこんなに、まともなんだろう…