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７
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「じゃあ、俺達は、今日は先に上がらしてもらうから」 話もつき、いい時間になったので、山陽は言う。東海道も、机の上の整理をはじめた。 「……ああ」 相変わらず、必要最低限のことしかしゃべらない東北は、短い返事をし、山陽に頷いた。 「では、後は頼む」 相変わらず、きりりとした表情と態度で、東海道は東北に挨拶をし、山陽と部屋を出て行く。
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「で、まずは夕食を食べようか？」山陽が提案すると、東海道は小さく頷く。確かにお腹も減っていたし、何より山陽と食べる食事は、美味しい。ＪＲの食堂は、少し飽きているので、山陽が連れて行ってくれる店も、楽しみだった。 山陽としても、小食な東海道に、きちんと栄養を取ってもらいたかったし、美味しい食事で、今日の嫌なことを忘れてもらいたかった。 先日見つけた、ここから近い、おばんざいの店。東海道は、ああ言う物を少しずつ食べるのが好きなので、きっと気に入ってくれるだろう。そう言うと、東海道は一言『任せた』と言い、山陽に付いていく。このあたりは、東海道は山陽に信頼を置いているのか、素直に付いてくることが多い。 神田の方に少し歩き、路地を入ったところにその店はあった。小さな料理屋。山陽が電話をしてくれてあったので、奥の目立たないところに、席が用意されていた。手書きのお品書きは、その日その日で、内容が変わるようだった。 「何が食べたい？」 店のメニューは、本当に種類が豊富で、東海道は少し困った顔をした。 「わ、私は…この、牛蒡と肉の生姜御飯と…」 「あ、それ、美味しいぜ。って、おかずも選ばなきゃだな〜。適当に頼むから、追加があったら言ってくれ」 山陽の助け船に、東海道は『そうだな…』と、ホッとしたように頷く。食事は、出は自分が何が食べたいのかと問われると、それ程執着がないからか、選ぶのに苦労する。食堂のメニューはＡかＢの定食から選ぶか、麺類を選ぶくらいで、迷ったことはない。が、こういう所に来ると、実際メニューを見て、味の想像が付かない。全然つかないわけではないが、それと食欲が、今ひとつ結びつかないのだ。だから、山陽と食べに行くと、そう言うことを考えなくて良いから楽というのは、内緒だ。 「えっと……豚肉のロール白菜白味噌風味のホワイトソース仕立て、蕪のそぼろ餡かけ、里芋のコロッケ。冬野菜のあったかスープ…それから、うーん揚げ物も欲しいな…」 「さ、山陽…私はそんなに…」 「俺が食べたいの。お前は、端からつまめばいいから…」 最初にごはんのメニューが目に付くあたり、東海道だってお腹が空いているのだ。ただ、食べる物にも事にも執着しないから、気が付かないだけで。そう思って、山陽は彼が好みそうな物を、適当に頼む。自分が食べたいと言えば、東海道は呆れながらも止めないし、山陽が食べていれば、好奇心で箸を延ばしてくれるだろう。 「……南瓜のいとこ煮…」 ぼそりと、東海道が言う。 「良し、それも追加。じゃあ、まずはビールで乾杯…」 「…うむ」 小さなグラスに少し注いで、東海道も一気にあけた。目の前の山陽は、あっという間に一杯空けて、更に手酌で注いでいる。 「あまり飲みすぎるなよ…」 「そうだね〜。この後もあるもんね」 「……」 外なので、その意味を含んだ言葉に、東海道は少し睨んだだけだった。 結局、山陽が頼んだ物全てに、東海道は少しずつ箸を付け、結構な量を食べた。 「この、ナスの田楽も、美味しいな」 白味噌と八丁味噌の味噌がかかった茄子の田楽を、東海道は美味しそうに食べる。 最後に、自家製のミニぜんざいを食べて、二人は店を出た。
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「一旦宿舎に戻る」そう、東海道が言うのに、山陽も同意した。明日、ホテルから出勤するにしても、替えの服はいる。それに、この制服のまま、ホテルに行くのも野暮というものだ。 お腹もくちくなったからか、東海道の機嫌もかなり良くなった。ただ、山陽としては、霧島のことを考えなければいけないと思っている。勿論、ああは言っている物の、律儀な東海道は、どこかに手を回すであろう。それが功を奏しないにしても。それに、何故東海道が霧島のことを助けるのか、山陽個人として、知りたいという欲求もあった。 宿舎に戻り、互いの部屋に向かう。東海道の支度が出来たら、自分の部屋に呼びに来てくれと言い置いて、山陽も自分の部屋に戻った。 「アイツ、仕事持ってこないだろうな」 そう口に出して、山陽は苦笑した。完全なワーカーホリック。全てに厳しいあの態度に、何度泣かされたことか。それでも、自分は他人が知らない東海道を知っている。それはずっと二人だけで走ってきた、年月の証。今は“特別な関係”でもあるのだし。 「……遅いな」 15分経っても、東海道が戻ってこない。彼は、それ程支度に手間取る質ではない。山陽は眉を寄せ、どうしようかと思案した。が、彼に何かあってからでは遅い。東海道を迎えに行くべく、山陽はドアを開けた。 「…東海道？何かあったか？」 控えめにノックをして、呼びかけてみた。が、返事はない。 「…東海」 もう一度名前を呼びかけた山陽は、人の気配を感じた。一人ではない。何より先程から、中で話し声がする。 「……っ！」 嫌な予感がよぎった。彼の所を誰かが訪ねてくるなど、ありえない。第一、こんな宿舎までと言うことはないのだ。彼の弟の東海道は、まだ東海にいる。帰りは遅くなると聞いていた。 ドアノブを回せば、あっけなく開く。何事もなければそれでいい。そうあってくれと、祈りながら山陽は東海道の部屋に入った。
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「え？」霧島は、自分の目を疑った。六月のダイヤ改正。そこに、はとの名がなかった。 「つばめ様は、こだま型になるんだとよ」 「……はと…は？」 「はと？ああ、なくなるんだと。つばめが、第一つばめ、第二つばめ…まあ、そう言うことだ。まあ、はとは仕方ないよな。つばめ様のオマケのような物だったし…」 あまり顔なじみでない、昼間急行が訳知り顔で言う。 霧島は無言でそこを離れた。 こだまが運用したときからわかっていたことだ。一列車一名称。“こだま”でそれが崩れた。第一第二…と番号で呼べば済むのなら、名前など要らなくなる。つまり、自分達はいつでも、廃止される危機にあるのだ。他人事ではない。あの急行は、解っていないのか。 “はと”は、どうなるのだろう。自分達は廃止されても、すぐに消えることはないという。復活するかも知れないし、臨時列車という道もある。だが霧島は、二度と“はと”には、会えない気がした。
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山陽と別れた東海道は、自分の部屋のドアを開けた。「……？」 何というわけではない。ただ、何かが違う。そろりと動いて、部屋の灯りを点けようとした途端、誰かに手首を掴まれた。 「……っ！」 あまりのことに、一瞬身を強ばらせ、声を出すことが出来なかった。その隙に、後ろに回られ、もう片方の腕も取られる。 「声は、出さないでもらおうか」 首筋に、冷たい金属の感触。何が当てられてるか解らない以上、迂闊に動けず、言うことを聞くしかない。 「貴様…」 「お前の言葉など、聞かない…自分だけ良い思いをするような…」 「………」 東海道は、何とか気力で、平静を保とうとした。ここで暴れて大きな音でも出せば、山陽が飛び込んでくるだろう。だが、それにはまず、この動けない状況から脱しなければならない。 自分に向けられる怨嗟の声は、いくつも聞いた。この男の言葉も、今まで何度も聞いた台詞だ。別段目新しさは感じないが、ここまでするというのは、尋常ではなかった。 「…何がのぞみだ？」 「おや。聞いたら叶えてくれるのか？」 「……それは、内容に…」 「貴様など、何の力もないくせに」 東海道の言葉を遮り、その男は言う。 「新しい、整備新幹線にしろと言えば、してくれるのか？貴様が、貴様等が、国鉄をダメにしたくせに。お前に何かが出来るなら、分割民営化などされなかったはずだ」 その言葉を聞き、東海道は眉を寄せた。暗闇で、しかも後ろにいる相手には、見えなかっただろうが。 彼の言葉に、分割民営化で、割を食った路線なのかとも考えたが、それで自分を襲うのは、納得がいかない。だが、東海道の思考は、男の次の一言で、停まってしまった。 「お前の、足でも折れば、新幹線は止まるのかな…」 冷や汗が流れる。この男の目的は……。第一、自分を傷付けたところで、新幹線は止まらない。多少の不具合は出るかも知れないが、そんなヤワなシステムには、なっていない。何より、自分に何かあっても、山陽新幹線が居る。 コンコン 小さなノックの音。その後に、山陽の声がした。 「…東海道？何かあったか？」 男が小さく舌打ちする。助かったと、東海道が気を抜いた。首筋から、圧力が消えた。隙をついて、東海道は、男の身体を突き放し振り返ろうとした。 「…東海」 もう一度山陽の声がした。一瞬気を取られた東海道の目の端に、金属の反射光が映る。 “まずいっ”と、東海道はとっさに、目を庇った。それと、ドアの開く音は、同時だった。 「……っ」 恐れていた痛みは感じず、ばたばたと走り去る音。がらりと窓が開いて、月明かりに男の顔が見えた。 「……？」 それは一瞬で、ましてやよく見えたわけでなく、ただ、その男の悔しそうな表情だけが、印象に残った。 「東海道っ！大丈夫か？」 「…山陽」 少し、間の抜けた声で、東海道が答える。男が逃げて行く所を、山陽も見ているので、一瞬で何があったかは理解したようだ。灯りを点け、東海道の元に走り寄った山陽は、彼が無事なのを確認すると、今誰かが逃げたであろう窓を見る。 「山陽…いい…」 追いかけそうな勢いの山陽を、東海道が止めた。 「…でも」 「それよりも、部外者が、ここへ入ってきた方が、問題だ…」 「だから、奴を捕まえて…」 言いかけた山陽は、東海道の手が、自分の服を掴むのを感じた。そして気が付く。もし、一歩でも自分が助けに来るのが遅れたら、もし、東海道一人でここに帰っていたら。一瞬心臓が冷たくなった気がし、山陽は唇を噛みしめた。 |
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メニューが、ちょっと当時っぽくないかもです |
書き始めたときは三月だったのに。
季節が追いついてしまった(^_^;