８

＊

「…とにかく警察を」
　確かに東海道を一人にするわけにはいかない。山陽は、おびえているであろう東海道をゆるく抱きしめ、そう提案する。
「山陽っ」
　声が震えている。身体だって、必死に震えを止めようとしているのが解った。
「電話借りるぞ…」
　そう言って、受話器に伸ばされた手は、東海道によって払われた。
「駄目だ」
「東海道、何を言って…」
「警察は呼ぶな。お前は…解らなかったのか？」
　東海道の言葉に、山陽はまじまじとその顔を見る。先程の表情は消え、断固とした口調。
「…何が」
「あれは……私達と同じ…鉄道だ」
「…まさか、いや……」
　言われて思い出す。あの時、顔は解らなかったが、感じた同族の感覚。自分達は、“人間”と同じ形をしているが、明らかに違う。そしてそれは、同じ者なら会っただけで解るのだ。
「…それに、高速鉄道に恨みがあると言っていた」
「……」
　山陽は黙った。身内のごたごた。警察に言ったところで、彼らにはお手上げだ。確かに、犯人を捕まえることは出来る。その後どうするのだ。自分達への特例措置はあるモノの、鉄道関係者は、それを行使したがらない。閉鎖的な組織と言ってしまえばそうだが、自分達の存在を、内部のごたごたを“世間”に知らしめるのを、良しとしないのだ。山陽は、納得したように、伸ばしていた手を収めた。
「とにかく、ここを出よう…」
「…出る？」
「幸い、今夜の宿はある。お前、襲撃されたような部屋で、寝たいか？」
「それは…」
　一瞬、東海道がびくりと震える。そうなることは解っていたが、山陽はあえて言った。何よりも、東海道を守らなければいけない。そして、自分達高速鉄道に、危害を加える者を、許す気も、黙ってやられる気もない。東海道を説得するために、彼が嫌がるようなことも言ってみた。その位しないと、東海道は納得しない。多少のことは我慢してもらわねば。
「お前は、すぐに支度をしてくれ。俺もここに居るから。一人にするわけには、行かないしな。そしたら、一緒に俺の部屋に寄ってくれ。荷物を取りに行く。着替えは向こうですればいい。コートでも羽織っておけよ…それから…」
　てきぱきと指示をする山陽に、今ばかりは反発もせず、東海道はすぐに、荷物を詰め始めた。
「…で、どうする？」
「うーん。念のために、タクシーで行こう。向こうに着いたら、東北と…」
　ちらりと東海道を見る。
「Jrに、連絡を取る」
「弟は関係ないっ」
　着替えを詰めた鞄を持って、東海道は山陽を睨み付けた。
「そう言うわけにはいかない。相手…鉄道だったか？それとも…」
「…そこまでは、認識できなかった。だが、多分列車格だ」
「…だったら、尚更。お前と同じ、東海道を走っていた優等列車の可能性が高い。Jrに、関係ないとは、言えないだろう…」
　そう言われると、東海道は黙るしかなかった。タクシー会社に連絡を取ると、まだ時間が早いためかすぐに来てくれるという。少し時間があったので、山陽はそのまま、高速鉄道の執務室に、電話をかけた。
「あ、東北。そっちは変わりない？そう…あのな…」
　一瞬言葉を切る。向こうも、ありえない時間の連絡に、少し緊張するのが解った。
「東海道が襲われた。宿舎でだ。そう、無事だけど、放っておく訳にはいかないんだ。違う…列車にだ。お前の方も気をつけろ。そうか。なら良い。で、すまないが、ステーションホテルのロビーに来てくれ。俺達も向かう。詳しいことは向こうで。で、お前に便宜を図ってもらいたいんだ。うん。わりい…」
　それだけ言うと、受話器を置き、東海道の手を取った。
「行こう…東北の方は、大丈夫だそうだ」
　東海道は、ホッと溜息を吐く。彼は、仲間が傷付けられるのを、凄く嫌うから。
　廊下に危険がないのを確認し、山陽の部屋に寄り鞄を掴むと、そのまま二人で玄関に出た。
　敷地の入り口に、すぐにタクシーが来てくれた。馴染みの運転手をお願いしてあったので、二人は安心して乗り込む。ワンメーターなのを詫び、少し色を付けて料金を払った。

＊

　ロビーで待っていると、程なく東北が来た。山陽が耳打ちすると、頷いてフロントに向かう。
「今、東北に会議に使っていいスイートルームを都合してもらうように頼んだ」
「……そうか」
　少しばかり残念そうな表情で、しかし納得して返事をする。程なく、東北が二人の座っているソファにまで、戻ってきた。
「…用意できたそうだ。その…東海道は…」
「私なら大丈夫だ。世話をかけて済まなかったな｣
「いや、いい。私にも関係あることだ｣
　『詳しく聞かせてくれ』と東北は言い、一同はボーイに案内され、エレベーターに乗る。

＊

「こちらは山陽新幹線だ。東海道本線は…ああ、すまない。……Jr？俺だ。えっと、周りには？ああ。それなら良い。念のため、あまり返事しないようにして聞いてくれ。すぐに仕事を調整して、東京ステーションホテルに来て欲しいんだ。東海道も一緒だ。来られるか？じゃあ、他の連中に見つからないように。うん、京浜東北には仕方ないだろう。口止めはしておいてくれ。何があったかは、今は話せない。フロントに行ったら、案内してもらえるようにしておくから…」
　部屋に入ってすぐ、山陽は在来の執務室に電話をかけた。東海道本線は予定が変更になったらしく、もう戻っていたようで、すぐに連絡がついた。
「やはり、東海道を巻き込むのは…」
「そんな訳にはいかない。今はお前だけにだが、我々や、現役の在来に被害が及ばないとも限らない」
　冷静に言う東北に同調して、山陽も厳しい顔を見せる。
「詳しい話は、Jrが来てからだ。東北、上越は？」
「明日戻ると言っていた。連絡をした方が…」
「そうだな。今しておいた方がいいな。東海道は、着替えてこいよ。ルームサービス頼むけど、紅茶でいいか？」
　山陽は部屋にあったメニューを見て聞くと、東海道が頷き、洗面所に向かう。
　その間に、東北が受話器を取った。

「東北新幹線だ。上越新幹線は？そうか、では三十分後にかけ直す。いや、出先なので。戻ったら、待つように伝えてくれ。では…」
「居ないのか？」
　東北の電話を聞いた山陽が、心配そうな声を出す。
「ああ。だが予定通りだからな。三十分後にもう一度かけて連絡がつかないようなら、考えよう。今は、何も出来ないから…」
　上越が乗車業務をしている新幹線に、直接連絡を取ることも出来たが、そんな事をすれば、大事になる。新幹線内でのトラブルは報告されてないそうなので、自分達は待つしかなかった。

＊

「どうしたの？」
　東海道本線が、困惑した表情で受話器を置くと、当然のように、京浜東北が聞く。
「……いや」
　東海道本線は、どうしたものかと迷った。だが、山陽の言うとおりにするしかない。
「山陽上官に呼び出された。事は極秘だそうだ。お前も、他言無用に頼む」
「…良いけど、帰ったら、説明してもらえるのかな？」
「…京浜？」
　職務上のことだというのに、京浜東北は食い下がった。数秒考え、東海道は軽い咳払いをする。
「解った。帰ったら話そう。…お前には、良いと言われたからな。ただ、本当に何の話か未だ解らないんだ。俺は今日はこのまま帰る。他の連中には、適当に誤魔化しておいてくれないか？」
　『頼む』と、もう一度頭を下げられ、京浜東北は渋々という感じで頷いた。が、その頬は、珍しく染まっていた。
「……京浜。お前…」
「な、何でもないよ。ごめん…その……」
　まともに、こちらを見ようとしない。彼も、自分が何を言ったか、理解しているようだった。上官からの『極秘案件』の、説明を求めるなど、してはいけないことだ。
　まだ、他の連中は帰ってくる気配がないから…と、東海道は京浜の肩に手をかけた。
「……とう…」
「大丈夫だよ」
　耳元に唇を寄せ、東海道が囁くように言う。
「僕は、何もっ」
　動揺して東海道の方を見れば、ものすごく間近に彼の顔があって、京浜東北は焦る。焦っている間に、東海道の唇が近づいて、すぐに離れた。
「いつも、兄貴のことで、面倒かけて悪いな。まあ、山陽さんから連絡って事は、多分兄貴がらみなんだろうけど…」
　それは、京浜東北も解っている。ただ、ブラコンの東海道に、ちょっと突っかかってみたかっただけだ。今日は数日ぶりに東海道が、西から戻ってきて、早くあがる予定だったし、自分の方も特に問題がなく、運行していたから。期待してなかったと言えば、嘘になる。
「ちょっと、うれしいかな」
　照れたように、東海道が少しだけ笑う。
「……何が？」
「君が嫉妬してくれるなんて…」
「誰が？！」
　言い当てられて、京浜東北は焦る。そんな態度も、ますます東海道本線を調子づかせるだけだと、解ってはいたが。
「…状況が解り次第、連絡するよ。今日の上がりは…」
　そう話している二人の耳に、廊下から声が聞こえた。

「……？」
　ドアの外で、騒がしい声がする。片方の声は、紛れもなく総武のようなので、多分中央と二人で帰ってきたのだろう。

「…ラーメンくいて～」
「君、昼も食べたでしょ？」
「いいじゃねぇか。な～、ラーメン」
「お帰り。中央に、総武」
　ドアを開けても、まだ言い合っている二人に、京浜東北はこちらから声を掛けた。東海道は京浜東北から離れ、荷物をまとめている。
「ただいま。アレ、東海道、早かったね」
　昨日、名古屋でJrと会った中央は、そう声を掛ける。今日は一旦大阪に行き、午後に向こうを出ると聞いていた。
「名古屋迄は、兄貴の世話になったからな。名古屋を、思ったより早く出られたんだ」
　言いながら、『じゃあ』と挨拶をして、部屋を出て行こうとする。
「アレ？今日はもう上がり？」
　ちらりと予定表を見た中央が、聞く。彼は、なかなかに目敏い。
「ああ。後は京浜東北に任せてある。兄貴がさ、一緒に食事をって連絡してきたから…」
　東海道の言葉に、一瞬京浜東北はびくりとするが、すぐに思い直した。嘘は、真実に近いほど良い。
「ブラコンの世話も大変だなぁ、京浜東北…」
　茶々を入れるように、総武が口を挟む。
「…まあね。いつものことだから」
　京浜東北は、中央に指摘された、予定表の書き込まれたボードを直す。
「京浜。明日朝遅くなるようなら、連絡する」
「…解ったよ。じゃあ。上官によろしく」
　京浜東北が東海道を送り出すと、総武が書類を出してくる。
「これ、出来たぜ」
「……総武、これ提出期限、昨日なんだけど」
「まあ、まあ……」
　珍しく、中央が総武を庇った。京浜東北は、ちょっと中央を睨んだが、そのまま書類を収めた。
「って、僕も、頼まれてた書類…」
　そう言って、中央も京浜東北に書類を提出しようとした。やっかい事を一つ終えた総武は、がさがさとその辺を引っかき回しながら
「あー、京浜東北。俺達メシ食いに行ってくるけど…」
　と、声を掛ける。
「いいよ。僕はここにもう少し居なきゃだから……中央？どうしたの？」
　渡そうとしていた書類をまじまじと見つめていた中央は、困った顔で口を開く。
「ごめん、ちょっと抜けてるところがあるみたいだ。総武、夕食は君の好きなラーメン屋で良いよ。先に行って席取っててくれないかな」
「おう。じゃあ先行ってるぜ。早く来いよ」
　上機嫌で総武は執務室を出て行った。

＊

「で、君達は何を、画策してるのかな？」
　ドアが閉まり、元気な足音が消えるのを確認して、中央が顔をあげる。
「…何の話？」
　やはり彼にはばれたかと、京浜東北は視線を逸らした。ああ言う隠し事をするのに、東海道は向いていない。
「出がけに東海道は、僕に目配せをした。それに、実は僕、さっき神田界隈で、一緒に歩いている東海道上官と山陽上官を見たんだ…」
「…それのどこが、引っかかるんだい？」
「上官達が入っていったのは、料理屋だったからね。時間的にも、東海道の説明は、理に合わない」
「……流石だね」
　だから、ただ会うとでも言えばいいのだ。“食事云々”は、Jrの願望だったのか。
「東海でもめ事が起こったんだろう？僕たちには、言いたくないんじゃないのかな」
「……ふーん。じゃあ、そう言うことにしておいてあげるよ」
　京浜東北は、東海道を笑えないと思った。自身も東海にも所属している中央に、この言い訳はないだろう。すぐにばれる。が、あまりにも稚拙な説明に、中央もそれ以上は突っ込まなかった。
　先程の書類のミスは、残るための方策だったらしい。特にどこかを直すこともせず、中央は京浜東北に書類を渡し、総武の待つ店へと向かった。
　だから、こうやって会社が別れると面倒だと…京浜東北はうっすらと思った。

９　　　　　　　　　　

携帯がないというのは、本当に不便だ。
書くのも面倒だ。

ブラコンなくせに、攻めで格好いいJrが同居できるか、頑張ってみた。

小説TOP TOP