９

＊

「何が…あった…んだ？」
　廊下に出た東海道は、表情を引き締め構内の人気のない裏道を抜けていく。歩きながら考え込み、思わず口にしてしまった。
　昼間の事もある。あの後、何か揉めたのだろうか。だが、東海からは特に問題になるような報告は、受けていない。自分は、昼間に東海の本社に寄って、書類の受け渡しをしてすぐ、こちらに向かってしまったからか。あの状況では、言えないような事。ともかくも、兄の身に、何かがあったのだ。
　東海道本線は、丸の内口に急いだ。

＊

「待たせたな」
　程なく、東海道はみんなの座っているソファに戻る。同時に、ノックの音がした。
「いや大丈夫だ。……山陽、俺が出よう」
　気を遣った東北が、対応する。ボーイに案内され、東海道本線が到着した。
「兄貴っ。大丈夫か？」
「私は大丈夫だ。心配ない…」
　焦って東海道新幹線に駆け寄ったJrは、兄の肩に手をかけ、無事だと解ると、深い安堵の溜息を漏らした。
「Jr、とにかく座って。何があったか説明するから…」
　兄から離れないJrは、その隣に座るので、山陽はちょっと笑う。その間にもルームサービスが届いたので、それぞれ飲み物を受け取る。腹が減っているであろう東北とJrのために、山陽は気を利かせてサンドイッチを取っていた。さっさと手を出す東北に対して、Jrは、それどころではない。

＊

「…と言うのが、先程起こったこと」
「……東海道の見解は？」
　一通り説明が終わって、まずは当事者の東海道の意見を聞こうという事になった。午前中に起こった、霧島来訪の件も、詳しく話された。Jrと東北は聞いてはいたが、気を遣って初めて聞くような態度で居たので、山陽は東海道から怒られずに済んだ。東北の場合は、説明するのが面倒だっただけかも知れないが。
「霧島の件は、今回のことと関係ないと思う」
「……どうかな。霧島が首謀者なのではなく、もっと裏に黒幕が居るんじゃねぇの？」　山陽の意見に、Jrも珍しく賛同した。兄の意見大事な彼にしては珍しいと思ったが、東海道新幹線の危機なのだ。過剰な心配もしよう。

「宿舎に来た奴に、心当たりはないのか？」
　東北が、至極まともに聞く。三十分経ったからと、先程再度上越に電話をかけ、向こうの無事を確かめたから、落ちついているようだ。簡単に状況を伝え、上越にも注意をするように言って、電話を切った。明日は、東京に着いたら、念のために自分と一緒に行動するよう言ってある。
「…列車格の奴だって、言ってたよな」
「それは、間違いない。だが……」
　心当たりがない…と、東海道は言った。それでも、多分同じ東海道を走っていた優等列車の誰かだろうと、山陽が言い、他もそれに同意した。
「Jrとお前で、当時の優等列車のリストを作れ。そしてそこから…犯人を割り出すんだ」
「……」
　東海道が、ジロリと山陽を睨む。例え、良い思い出がなかったとしても一緒のレールを走っていた“仲間”を疑うのは、気持ちのいいものではない。
「兄さん。仕方ないよ。今回は、山陽さんの言う通りだ。誰がやったのか解らなければ、対策の立てようがない」
「……もう、無いかも知れないじゃないか」
「…だったら、良いがな。一応、最悪の事態も考えておかねば…」
　東北が、考え込みながら発言する。
「最悪？」
「もしこれが、廃止された路線、優等列車達による反乱だとしたら…」
　自分達が、どういう存在か理解している高速列車達は、一瞬言葉を失う。そして、山陽が唐突に言った。
「まさか…つばめが裏で…糸を引いてるのか？」
「…つばめ？」
　東海道と、Jrが、顔を見合わせた。
「優等列車の代表だろ？今でも、信望者はいる。奴が声を掛ければ…」
　だが次には、東海道兄弟が
「「それは…ない」」
　と、ハモるように言う。
「…何だよ、その断定的な言い方は？」
　言い出した山陽が、不満そうに聞く。良い線だと思ったのに、彼を直接知っている二人に、これ程きっぱりと否定されるとは思わなかった。
「…つばめは、そんな事は…しない」
　言いにくそうに、東海道が言う。
「…しないって…それはわかんねぇだろう？この場合…一番可能性があるのが…」
「あの人は、そんな事をする必要がない」
　あのつばめの事を、偉そうだったと言っていたJrまでが、そう断言する。
「つばめは、自分がいかに偉いか、特別か、自分の価値を解っている。そして、彼は自分があのまま消えるなど、考えてもいない。何時か、どんな形だろうが復活する。それが、つばめだ。国鉄の最上級ブランドだ。それを解っている彼が、こんな姑息な、もしばれれば自分の身が危うくなるような事を、するわけがない。いや、する必要がない」
　Jrの説明に、東海道も口を挟まなかった。その代わり、いやそうな顔をしてはいたが。それでも、Jrの言葉が、真実なことを認め、付け加えた。
「不遜とは、奴のためにある様な言葉だ」
　『それは、お前もじゃないのか』と、喉元まで出かかった山陽は、賢明にも言葉を慎んだ。

「…解った。でも、黒幕の線も考えておいてくれ。霧島との繋がりがあるかどうかも、今は保留だ。それは…俺が確認する」
「……？どうやって」
「明日。博多に行ってくる」
　東北が、ちらりと山陽を見る。目のあった二人は、アイコンタクトをして、納得した。
　昼間、東北が話した解決策。この機に乗じて、山陽は実行するつもりらしい。
「あ、でも…」
　何かに気が付いたJrが、口を出そうとするのを、山陽は手で制した。
「Jrは、このままここに残ってくれ。東海道を一人にするわけにはいかないし、先程の件も、お前達二人の方が、昔の優等列車をよく解っているだろう。俺と東北は、一旦執務室に戻って、その後宿舎に行ってくる。現場を保全したら、もう一度戻ってくる。東北は…こっちに泊まれるか？」
　幸い、この部屋は、今居る面子が全て泊まることも可能だった。
「俺はどちらでもいい」
「決まりだな。明日は、会議が済み次第、俺はそのまま、博多への乗車業務を兼ねて行ってくる、その後は、東海道は、あまり執務室から出るな。必要なら、Jrは、高速の執務室に詰めるか、一緒に東海の東京本社にいた方が良い」
「ちょっと、大げさではないのか？」
　山陽の提案に、東海道は難色を示した。
「兄貴、何言ってんだよ。襲われてるんだからな。用心に越したことはないって」
　Jrの言葉に、東海道もそれ以上逆らえなかった。
「じゃあ、俺達はちょっと一回りしてくる。Jr、東海道を頼むぞ」
「大丈夫。任せておいて…」
　そう言って、東海道は二人を送り出す。
「…Jr」
　部屋のドアを出がけに、山陽が耳打ちした。
「後で、俺が戻ったら、ロビーまで降りてくれ。彼…連れてくるから」
「え……？あ、それは…」
　山陽が指す人物が、誰かを理解し、Jrは一瞬焦った。
「在来のリーダーには、説明しておいた方が良いだろう？」
「……ありがとうございます」
　東海道は、山陽に頭を下げた。

＊

「……どう思う？」　二人は執務室に戻り、異常のないことを確認し、東北のために宿舎に向かった。話は自然そうなる。
「お前達と、俺は……事情が違う」
「違わねぇだろう？お前の所だって、優等列車通ってたじゃねぇか…」
「東海道ほど、多くはないし、俺の所は……」
　そう言って、東北は黙った。
「…何？」
「お前、山陽本線とは、上手くやっているのか？」
　いきなりの言葉に、山陽はムッとする。高速鉄道と本線の関係など、あまり言及されたい話題ではない。
「…まあまあ…だな。って、お前の本線は」
　言いかけて、山陽はあの、一癖も二癖もある男の顔を、思い出した。
「…ウチは良い。色々、ないとは言わないが、概ね上手くやっている。東海道の所が、希有なだけだ」
　“上手くやっているって、言えるのか”と、突っ込みたかったが、今はそう言う話ではない。もし東北に何かあれば、あの男が真っ先に疑われるだろうし、もし、今回の件のように、東北本線を走っていた優等列車が何か事を起こせば、やはり本線は黙っていないであろう。いずれにしても、やっかいなことだ。
「……そうだな」
　Jrが、東海道新幹線の弟という立場を、受け入れたことは、奇跡と言っても良い。まして、東海道本線は、この国の全ての鉄道の始祖なのだから。
「だから、俺の方の元優等列車を調べるのは、骨が折れる。が、こちらは心配する必要はないと思う。上越の所も、同様だ」
　確かに、上越の地域は、案外に仲がいい。“新潟の星”は伊達じゃないのだなと、山陽は笑った。
「結局…俺達の所が、問題か…」
　山陽は口に出して、改めて溜息を吐いた。

＊

「ああ、京浜東北か。すまないが、頼んだ書類を、持ってきてくれないか」
　もう一度執務室に戻ると、東北は山陽に頼まれて、在来の執務室に電話した。
「これでいいか？」
「サンキュ。Jrがさ…」
　山陽は少しだけ言い訳をする。彼にだって、兄以外の守りたいモノがあるのだから。
「…東海道本線と京浜東北は、何かあるのか？」
「え……ほら、あの二人は、本線と複々線だから…」
　“気が付いてないのか？”と、一瞬彼の顔を見てしまったが、Jrは勿論そんな事は言わないし、あの首都圏在来のリーダーは、苦労性で、ましてや、そんな雰囲気は、おくびにも出さない。この鈍い男が、気が付く事はなさそうだ。
「まあ、在来に話すなら、まずは京浜東北だろう？」
　まともな説を言うと、東北は無言で頷いた。納得したのか。
「宇都宮よりは、良いだろう。そう言えば京浜東北は、宇都宮とも、本線と複々線の関係じゃないのか？」
「いや、そうなんだけど…」
　東の事情は、よく解らない。Jrが東海道の弟だから、高速鉄道の実情もよく解っていると言うだけで。そのJrが、京浜東北に関してだけは、色々言及するから、山陽としても便宜を図ってやりたくなるのだ。まあ、実際東海べったりのJrの代わりのように、こちらで色々動いているのは、京浜東北なのだし。

「失礼します…」
　話している間に、ドアをノックする音がし、京浜東北が入ってきた。
「…あの、書類を……」
「済まなかったな。では、私達と一緒に来てくれ」
「あ、あの……」
　説明無しの東北の言葉に、京浜東北は戸惑って、少し間抜けな表情をした。
「Jrに、頼まれた」
　そう山陽が言うと、京浜東北は、視線を彷徨わせる。
「出来れば、他の在来連中にばれたくないんだが。大丈夫か？」
「あの…僕はどこへ？」
　京浜東北が、不安な表情のまま聞いた。

１０　　　　　　　　　　

東北の優等列車は、本線以外もカウントされるので、案外に面倒。

Jrは、兄と二人で、ちょっとうれしいかも知れない

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