１１

＊

「へー、Jrは今日は、東海本社詰めかぁ」
　予定表を書き込んでるJrを見て、何の考えもなく、高崎が言う。
「ああ。ちょっと東海で、打ち合わせやら、用事があってね」
　無難な答えをすれば、単純な高崎は、勝手に納得してくれた。
「…東北は？」
　逆に、東海道が高崎に聞く。いつも一緒にいることの多い東北本線は、今朝は姿が見えなかった。朝早い京浜東北も、こちらに顔を出してから、乗車業務で出ているらしい。
「うん。奴は大宮の方へ行くって…」
「……」
　東海道本線は、表情を曇らせた。昨日、東北本線に説明すると、京浜東北は言っていた。タイムスケジュールから考えて、朝、この執務室で、事のあらましを伝えるのだろう。もしかして、それだけでは済まなかったのだろうか。まさか大宮で、何かあるのか。
「…さて、僕もそろそろ行かなきゃ」
　微妙な空気の流れる中、中央が立ち上がり、出かける支度をする。
「Jr。東海の本社にいるなら、僕も後で行こうかな…」
　東海道の側を通り、意味ありげな笑顔で、中央が肩を叩いた。
　昨日、京浜東北が『中央が感づいてる』と、忠告したのがこれか。詳しい経緯は聞かなかったが、昨日自分が退出した後、何かがあったのだろう。
「…そうだな。たまには東海の東京本社にも、顔を出してくれ」
　東海道は考えを改めた。中央線は、賢いし、口も堅い。更に本線としての歴史も古い。どうせ、この分では早晩ばれるだろう。彼も、昔の優等列車の事は、よく知っているから、力になってもらえばいい。
　中央の背を見送り、東海道も部屋を後にした。

＊

「こちらです。山陽上官」
　慇懃に案内され、山陽は鷹揚に頷き、職員の後に続く。
　博多車掌区。今朝手配しておいた通り、霧島との面談は、叶ったらしい。

　今朝。Jrが在来での打ち合わせが終わって戻って来、更に予定の高速鉄道の会議も終わって、山陽は東京を出発した。東海道兄弟は、東海の東京本社に詰めることにし、東北と上越は、そのまま高速執務室に、残ることとなった。
「山陽…一人で大丈夫か？」
　弱気になった東海道が、山陽の身を心配した。
「なに～、東海道ちゃん心配してくれるの～？」
　と茶化せば、東海道の鉄拳が飛んできて、寸でのところで、山陽が避けた。
「少なくとも、お前さん一人よりは、大丈夫よ」
　笑って言うと、東海道は唇を噛みしめながらも、頷いた。

＊

　山陽はひかりに乗って、西に向かった。大阪で山陽本線を捕まえ、情報を仕入れたが、彼もそんな事は知らないと言った。もっとも、彼は在来なので、とぼけている可能性もあったが。
　ともかくも、何とか山陽は博多にたどり着いた。東京から六時間、やはりかかると思う。それでも昔は、この時間かけて、東京から大阪にたどり着いたのだ。“日帰りが出来る時間”。理論上はそうでも、実際はとても大変だ。

「……あ」
　相手が誰か、知らされていなかったのだろう。霧島は驚き、次には嫌そうな顔をして見せた。上官に対し、こんな態度を取る…しかも彼は廃止列車だ…と、案内してきた職員は思ったが、列車同士にはそれなりの確執があるのだろうと思い、一礼してその場を去った。
　少なくとも、『いい話』ではないだろうと、霧島は身構えた。
「私に、何の…用ですか？」
　言葉だけは、丁寧に霧島は聞く。あの時は、隣に東海道がいたから、あれで済んだのか？実際、霧島には昔の“はと”の面影が強くて、漏れ聞こえてくる東海道の上官ぶりは、ピンと来なかった。それでも、実際会ってなるほどとは思ったのだが、いまだ気分が抜けない。それより、良く人となりを知らない山陽の方が、警戒対象だった。気さくとは聞く。だが、所詮上官であり、自分達を追い出した新幹線だ。
「まずは、君のアリバイを聞きたい」
「……何の話だ？」
　思っていたのと見当違いな内容に、霧島は聞き返す。
「一昨日…君が東海道に会いに来た日の夜。どこにいた？」
「あの後は、そのままこちらに帰ってきた」
　ムッとして、答える。
「随分時間がかかったじゃないか？昨日の時点で、こちらには帰っていなかったようだが？」
「…今朝まで、休暇を取っていた。それに、山陽本線で帰ったから、時間がかかって…昨日は、友人の所に泊まった」
「……その友人とは？」
「な、何だって言うんだ！俺の、何を疑っているんだ！」
　山陽の態度に、霧島は激高した。理由もわからず、こんな風に尋問される謂われはない。
「……東海道が、襲われた」
「…え？」
　霧島は、きょとんとした表情をする。襲われた？あの後…誰に……。
「それが…俺だって言うのか？」
　そう言うことか。霧島は、山陽新幹線の意図を察する。
自分は疑われているのだ。
「お前じゃないことは、わかっている」
　山陽の言葉に、霧島は困惑の度を深めた。
「…だったら」
「実行犯が、お前じゃないと言うだけだ」
「……！」
　霧島は、山陽を睨む。が、山陽は少し笑って見せた。
「冗談だ。君は多分…無実だ。…東海道が」
「……」
「お前ではないと…言い張るからさ」
「…はと…が」
　霧島の呼び方は、今は咎めないでおこうと思った。
「まあ、会ってその日だ。声も聞いたそうだから、お前でないのはすぐに解ったらしい。そして、お前は、裏で画策するような奴じゃないと、言い張るのでね」
「……」
「だから、逆に教えて欲しい。そう言う列車に、心当たりはないか？」
「…それは」
　霧島は困惑した。勿論、聞かれてもすぐに思い当たる列車などいない。だが、もしそう言う列車を思いついたとして、自分の口から言えるだろうか。
「…列車…なのは、確実なのですか？」
「ああ。それは駆けつけた俺も、ちらりと見たから、感じた。東海道本線の優等列車のほとんどは、今は引退してるからな。探して…尋問するのも骨だ」
　尋問等という、穏やかならざる単語を聞いて、霧島も表情が引き締まる。この、目の前の男は、何が何でも“犯人”を探すつもりだ。それは、彼の先人である、偉大な東海道新幹線の為なのか。それとも…。

「馬鹿な…」
「……？」
　ぽつりと呟くような霧島の言葉に、山陽はおや…と思う。
「東海道…上官を襲ったところで、何も…変わらないじゃないか」
「…世の中には、そう思わない奴は、案外多いんだよ」
「……」
　山陽の言葉に、霧島は唇を噛みしめる。

「それで…だ」
　話の区切りになって、山陽はもう一度霧島に向き直った。
「君は何で、東海道の所に、来た？」
「え？」
「何故、東海道に、頼みに来た？昔なじみ…だからか」
「…昔なじみ…そうかな」
　無難な答えを、考えもなくさらりと言われ、それはそれで、山陽は困ってしまった。
「君たちは、親しかったのか？」
「…親しく…は、なかったなぁ。第一、はとは“特急列車”様だったんだ。夜行の…急行の俺が、そうおいそれと、話しかけられるはずが…」
「……と言うことは、東海道と、まともに話しもしないような仲だったのか？」
　話の矛盾を感じ、山陽は重ねて聞く。
「いや。話は何回かした。俺の前に奴が出発だから…」
「……！ああ、成る程…」
　山陽は、笑いそうになるのを、何とか我慢した。聞いてみれば、答えなどあまりにもあっけない。はとと霧島は、出発時間が近かった。それなら、顔を合わせることは、何度もあったろう。昔の列車は、今と違って準備も大変だったから、入線時間も早い。待ってる間に、簡単な会話もしたのか。そして、霧島の気質もあるだろうが、あまりつばめの影響を受けてない彼とは、東海道は気安く話しもしたのだろう。
「まあ、話した事があれば……なあ」
　彼にとっての、東海道の印象は、良かったのか。
「…それに、はと…東海道上官は出世したんだし…」
「まあねぇ」
　『訪ねもするだろう』的な、言外の意味を含ませた霧島の言葉に、山陽は納得した。
　自分が霧島の立場だったら、まして彼のような気質だったら、東海道のところを訪ねて、嘆願の一つもするだろう。まあ実際、あの頃の自分だったら、訪ねたりはしないだろうが。

＊

「少し…安心した。東海道は、あんまり昔のこと…話したがらないからね」
「……そうか」
「つばめ…とは…仲良くなかったのかなぁ。姉妹特急だったんだろ？」
　少し気安くなったのか、山陽のつぶやきのような言葉に、霧島が反応する。
「つばめ…の取り巻きは、はとの事軽んじてたから、仲は良くなかったんじゃないかなぁ。……あっ」
「…どうした？」
「いや…その…」
　言って良いものか、霧島は躊躇した。今思い出した事は、さっき山陽新幹線が聞きたかった事の、ヒントになるかもしれない。が、すでに自分が何か気が付いたことは、山陽はわかっている。
　霧島は、ちらりと目の前を見た。先程よりは親しげな雰囲気を醸し出してはいるが、山陽新幹線の目が笑っていなかった。
　これは口を割るまで、解放されないおそれがある。霧島は、腹を決めた。
「あの…はとの事を…すごく……悪く言っていた列車が…」
「誰だ？」
「それが、解らない。俺も見たことない列車だったから」
「…顔は？」
「顔も良く覚えてない。だから、見ても解らない」
　予防線を張るように、霧島は言い訳する。
「ただ、はとの事を…泥棒…と」
「……？東海道が、どろぼう？」
　あり得ない呼び名に、山陽は更に困惑した。

　例えば、東海道が新幹線になってからなら、色々言われている。“どろぼう”と言われるのも解る。当時、彼を作るために、在来の為だった筈の予算が、随分持って行かれたと聞く。それを、未だに恨みに思う鉄道が居ても、不思議ではない。
　だが、その時の様子を聞くと、彼がまだはとだった時に言われたというのだ。
「はとが…特急を追われるとわかった時、何となく集まって話をしていたうちの一人が、吐き捨てるように…」
「はと…を…泥棒…」
　山陽は、昔のはとの編成を、思い出す。あの一等展望車。それを盗られたという列車？そのくらいしか、山陽は思いつかなかった。
「そいつが、犯人だと思うか？」
「…思い出しただけだ。それが、誰だったか分からない以上、そんな事まで断言は出来ない」
「……そうだな」
　霧島のこの記憶が、犯人に結びつくとは限らない。だが、今は少しでも、手掛かりが欲しい。

「……霧島。もし…」
　それ以上の情報もなく、霧島の本意も確かめたので、そろそろ帰ろうかという時、ここまでしたのなら、言うべき事があると、山陽は気づく。が、この事を言うのは、出すぎた真似かもしれない。言い出した山陽は、一瞬黙った。
「東海道が、口添えしたとしても…」
「解ってる。けど…」
　山陽の言わんとしていることを察して、霧島が遮る。
「何かせずに、居られなかった。それだけだ」
　その通りだ。かつて、廃線の筆頭とされた自分も、抵抗し、最後の希望を掴んだ。ただ静かに、黙って消えるなど、自分にはできなかった。彼も同じだ。
「そうか。解っているなら、いいんだ」
　東海道は、人を見る目はあったと言うことか。山陽は安堵した。そして、この思いが、正しいことを願った。

　帰る前に、彼の分かる範囲で、つばめの取り巻きの優等列車の名前を聞き、山陽はそこを出た。自身の路線に乗り、関西に戻る。今日は東京までは戻れないから。
　考えれば、この事件解決の協力を、霧島がすることで、東海道の覚えが良くなる…と考えなくもない。でもそれも、彼の運命の内だ。運命などという言葉は、東海道は嫌がるだろうが。

１２　　　　　　　　　　

霧島出張ってて、すいません

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