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未来
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「はじめまして」そう声を掛けられて、東横は驚いて振り返った。そこには、社の制服を着た、眼鏡の男。ということは、同じ東急の“鉄道”なのだろうが、本人が言っているとおり、見たことがない男だった。 「突然、アポイントも取らずに申し訳ありません。私、今度東急グループでお世話になる…みなとみらい線です」 「…ああ」 その名前に、東横は頷いた。今朝『近日中に、ご挨拶に伺います』と、連絡をもらった筈だ。てっきり、二、三日後に、横浜辺りで会うことになると思っていたのに。 「こちらこそ、よろしくお願いする」 彼とは、その内直通する。それでも、会うのは今日が初めてだ。 「…思ったより…まともだな」 「……？」 「こどもの国線から、みなとみらいの格好がすごい…と、メールをもらってな」 「ああ。まあ今日は、初めてですし…」 この後、他の路線の所にも挨拶しに行くと聞いて、東横は軽く頷いた。彼の所属から言えば、こどもの国線が連れ回して挨拶と言うのが筋だろうが、あの子供では、その役目は難しいだろう。その代わりのように、いの一番に挨拶に行ったこどもの国線には、もっと違う姿で会ったらしく、彼が律儀にも、自分に連絡してきた。彼は、例えば直通している田園都市線の事など、時々情報をくれる。 「この後は？」 「そうですね。田園都市線さんと、世田谷線さん…に回って、その後大井町線さんでしょうか」 「ご苦労なことだ。どうせなら、今度の会議で、皆にに紹介でも、構わなかっただろうに…」 『面倒だろう？』という感じで、東横が問うと、みなとみらいは、少し首を横に振った。 「何れにしても、東横さんとは直通するのですから、別途ご挨拶に伺うつもりでしたし…」 まあ、彼にとっては、こどもの国線と自分は、別格なのかもしれない。 「それに、大勢の前にいきなりは…あがりますので」 『絶対に嘘だ』と、ここにこどもの国線が居たら皮肉たっぷりに言うか思うだろうが、東横は、そんなものかと、素直に受け取ったらしい。 「そうか。それならこの後の挨拶、私が同行しようか？」 東横の申し出に、一瞬みなとみらいはしまったと思った。東急は、他社に対しては厳しいが、身内には案外優しい。それは、いろんな路線を、吸収合併してきたからか。単に、東横が親切だからかもしれないが。確かに、これから会うつもりの田園都市線は、癖があるとこどもの国線から、アドバイスされたが。 「いえ。東急筆頭である東横先輩の、お手を煩わせるほどでは…」 何とも読めない表情で、みなとみらいが断った。彼としては、それぞれの路線に、一対一で会うことに意義がある。東急グループ内が、微妙なのも薄々知っている。そして、正確には“東急”ではない自分が、この先どう振る舞うべきか、ある意味“サグリ”を入れたかったので。因みにこどもの国線は、みなとみらいにとっては身内だ。あれも食えない男だと思ったら、案の定だった。 「…筆頭では…ないぞ、私など。田園都市線の方が…」 みなとみらいの言葉に、これまたずいぶんと自信なさげな返事が返ってきて、彼の方が戸惑った。 「…いえ、乗車率とか、収益の問題ではなく…」 こういう風に、他人のフォローをするのは苦手だ。 「東横さんは、この東急の名前を担う、大黒柱ではありませんか」 「大黒柱…伝統というなら、目黒だよ」 「…まあ、あの方は、元…目蒲線ですから」 この東急の、母胎の路線。今二人が居る、田園調布のために作られ、全てはここから始まった…自分の“勉強”した、歴史によればそうなる。しかし今、目蒲線は存在しない。 「……そう、彼は…」 一瞬、東横線の表情がゆるむ。それは東横線が目黒を…元目蒲線を、特別に思っているからだと思った。 「彼が居なければ、この東急は……存在しなかった」 そんな事もないだろうと思う。別の“東急”が、出来るだけだ。が、東横にとっては、そう思えるのだろう。 「そうだ。目黒線に会っていかないか。今なら多分…」 「あ、いえ…」 勝手に携帯を取りだし、東横は連絡しようとする。あわててみなとみらいは、それを止めようとした。 「是非、私から紹介させてくれ。君だって、路線的に、顔を合わせることが多くなるだろう？」 確かに、東横線と平行に走っている目黒線とは、直接乗り入れはしないにしても、自分がここを走るときには、顔を合わせることも多くなる。 「そうですね、ではこの後、目黒駅に伺うと言うことで…」 確かに次は目黒線を訪ねておいた方が、いい気もした。少なくとも、誰を重視しているかの指標にはなる。こう言う所は、日本のビジネスマンというか、結婚式の席次表の苦労の様で、気を遣う。 「じゃあ、今から一緒に行くと、連絡しておこう」 彼にしては珍しく笑顔を浮かべて、携帯を操作し始めた。東横にとって目黒は、とても大切な路線だ。そういえば、こどもの国からも、そんな事を言われたのを思い出す。彼は、自分が目黒を紹介したいのだ。それなら素直に受けるのが、ここはいい。 「……？」 「どうしました？」 メールの返事を見たらしい東横が、不思議な表情をした。 「いや、その…来なくて大丈夫だと…」 「それは、どういう…」 「電話をしてみよう」 携帯を耳に当てていた東横は、何かに気が付き視線をあげた。つられて、みなとみらいもその方を見る。 「…目黒」 携帯を閉じながら、東横がその名を口に出した。 そこには、東横と同じ制服を着た眼鏡の男が立っていた。 |
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